読書感想文「1時間でわかるアイヌの文化と歴史」瀬川 拓郎 (監修)

 歴史学や考古学からの研究が進み,一般の興味関心も広がっているアイヌについて満遍なく最新の知見がわかる一冊。
 時代や場所によっていろんなアイヌがいた。もちろん,悪人も権力者もいた。アイヌとは決して一様ではないことが共有されていなかったのは,その多様性が知られていなかったからだ。アイヌ文化を辺境の民の文化と見るのは,もはや偏りが過ぎている。日本の歴史学が首都の位置で時代区分をすることが典型なように,首都を離れた場所で記録が少ないために広く知られていなかっただけだ。
 海の民や百姓が,実は様々な浜や港を結び,土地の権力者を離れて,経済を作っていた歴史は,日本国内という狭い範囲ではなくアジアン・グローバルだったことと同様に,アイヌも大陸やサハリン,千島列島を結んでいた歴史を横糸としながら学んでいく,そうした複眼的な視点を取り入れていく一助にもなるだろう。神話と苦難の歴史だけがアイヌではないのだ。


カラー版 1時間でわかるアイヌの文化と歴史 (宝島社新書)

カラー版 1時間でわかるアイヌの文化と歴史 (宝島社新書)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2019/06/10
  • メディア: 新書

読書感想文「感情の整理術123(ひふみ) 62年現役を貫けた秘訣」加藤 一二三 (著)

 実は多くの著書を持つひふみん。その最新刊。最近,ローマ教皇が来日した際,東京ドームに出向く敬虔なクリスチャン,なんたって聖シルベストロ教皇騎士団勲章を持ってるくらいだからね。
 そんなひふみんが,宗教の要素をなるべく抜いて,考えや実践を中心に語ったんだけど,どうしても聖書由来の言葉が出てくるのはしょうが無い。
 この本,テレビで見るひふみんが,なぜ,ひふみんなのか。言葉を尽くして伝えようとしたり,理不尽に笑われていることを分かっていながら,丁寧であろうとするのかが,わかるのだ。あー,こんな考えや経験がひふみんを作っているのだ,と。
 ひふみんは考えている。心を平和に保つとは,柔和に温和に暮らすとは,勝負のときの心がけとは。天才少年が名人となり,第一線で活躍し続け,驚異的な数字を残した。それには,くよくよせず,感情をさばくことを身に付け,対戦相手側から自分を見る視点を持つことを。
 ひふみんがちょっとわかる一冊だ。


感情の整理術123(ひふみ) 62年現役を貫けた秘訣

感情の整理術123(ひふみ) 62年現役を貫けた秘訣

読書感想文「「富士そば」は、なぜアルバイトにもボーナスを出すのか 」丹 道夫 (著)

 立ち食いそばチェーン・富士そば経営者・丹道夫の立志伝である。
 仕事は人がする。その仕事の目標を達成するために組織を動かしていくことを経営とするならば,丹は,どう経営してきたか。その経営観である。リーダー・マネジャーからの権限委譲が重要と,経営書には繰り返し出てくる。では,何をどこまで委ねるのか。担は言う「基本的に,大体のことは『自分で判断しなさい』と,社員に任せる」。そして,「私の好きな言葉は『うまくやってくれ』」。規律や規則があって人がいるわけではなく,人がいて規律や規則がある。「うまくやってくれ」の一言で,組織が機能する方が当然,いい。
 経営者の仕事とは「どうしたら従業員の意欲が出て,働きやすくなるかを考えること」の一つだけ,と言う丹。そのために経営者は儲かる仕事を見つけ,業績・売り上げを上げ,利益を配るのだ。貧しさに耐えながらも,孤独のつらさには耐えかねた経験が,人を大事にする経営となった。
 わかりやすく手本としやすいこの本は,多くの人に教科書の役割を果たしていくことだろう。


読書感想文「新説 坂本龍馬」町田 明広 (著)

 小松帯刀である。つくづく,小松である。19世紀,その地政学的位置のため,自ずと開けてしまった薩摩藩が,「国家」を意識したとき,旧弊を打破することを決断。その薩摩を率い,先導したのは,のちに英雄視される面々ではなく,小松帯刀であったのだな,と認識させられる。
 坂本龍馬とは,自由であったのかもしれないが,それほど独立した存在ではなく,場面を限ってみれば,小松の部下だ。「日本国」の「海軍」を勝海舟坂本龍馬も必要だと思ったものの,それを幕府が手を引いてしまった以降,その構想の庇護者となった薩摩・小松のもとで動くパーツとしての龍馬であったのだ。
 司馬遼太郎は,近藤長次郎坂本龍馬をあえて混同させたのではないだろうか,一人の英雄を作り出すため,近藤の活躍を捨象しリーダーシップや才能を重ね合わせてしまったのでは,と思わせる。
 幕末に活躍した坂本龍馬なる人物はいた。マスコミを通じた憧れやヒーロー視から,ようやく歴史学において坂本龍馬が位置付けられる時代になったといえるのだろう。


新説 坂本龍馬 (インターナショナル新書)

新説 坂本龍馬 (インターナショナル新書)

読書感想文「天智朝と東アジア 唐の支配から律令国家へ」中村 修也 (著)

 敗戦後,社会体制はどう動くことになるのか。領土や権益を巡って,開戦した後,終戦は互いの停戦合意に調印した後,決着する。この当たり前の視点から「アフター・白村江の戦い」の検証を試みた意欲作である。
 負けたのは,倭国だ。当然,特使もやってくるし,進駐してくる大規模な一団もある。唐の世界戦略にも組み込まれることにもなる。首都・飛鳥が駐屯により抑えられてしまうのは当然だし,本国への通信・連絡手段も整備される。
 倭国内でも大規模な派兵による疲弊や混乱が生じたのだが,現地の様子を伝えるメディアがない時代である。為政者が替わったことを知らしめる取り組みが「見える化」されなければ,国を治められない。
 国が破れたことで失ったものを,公式な記録に残さなかったこと,いや残せなかったことは,豪族の権力が分立する世の中において,やむにやまれぬ事態だったのだろう。いつの時代においても戦後を生きる人たちは重い荷を背負うことになる-これを再確認する一冊だ。


読書感想文「座右の諭吉 才能より決断」齋藤 孝 (著)

 15年前,斎藤孝はイラだっている。前年の2003年,大手金融機関に公的資金が注入される。2004年は,鳥インフルエンザが発生したり,新潟県中越地震に加え,豪雨災害が続いたりとザワザワしていたそんな世相である。政治家の年金未納問題が発覚したり,プロ野球ストライキがあった年でもある。そうそうネット・バブル崩壊後の高失業率の余波が続く世の中だった。
 そんな時代状況において,光文社新書編集部と齋藤は,実務家・福沢諭吉に光を当てた。成功を重ねた福沢諭吉。幸運か?いや幸運を手繰り寄せたのだ,と福沢を評する。理由は何か。カラリとした性格をもとに,理屈やメンツではなく,生き残ること,再起できないような失敗を避けること注力した結果なのだ。
 諭吉は,「マメで気が利くから人に気に入られる。気に入られるからどんどん仕事を任せられるようになる。自分が仕切るようになれば自由が利く」。世の役に立つ学問を学ぶ自分であることが独立自尊で自由となることに加え,こうした生来の性質が諭吉の財産だったと理解できるし,人生のヒントになるだろう。


座右の諭吉 才能より決断 (光文社新書)

座右の諭吉 才能より決断 (光文社新書)

読書感想文「起きたことは笑うしかない! 」松倉 久幸 (著)

 期待せずに手に取った本がとんでもなく面白いことがある。これはそんな一冊。老人が過去を振り返ることが中心だから、どうしたって昔話になるし,懐古趣味っぽくなる。ただ,それだけじゃないんだ。抜群に面白い。笑いという人間だけが持ち得ている特殊な情緒反応を生業にしてきた人が,当事者でありながら,そのものを作り出す側ではない立場ゆえに,笑いとの距離感もある。そりゃあ,深くなる。
 松倉会長が,戦前と戦後の志ん生師匠を比較し「人が変わるんじゃない。もとからある別の面がはっきりと面に出たんです」という。生死の境でも人は笑いで自分を取り戻す,とも。そして,人間はつらいときこそ笑いを求める。笑いによって人が救われる,語る。
 「へ〜,俺が胃がんになったか!」「これで人並みになれたな」と自分自身すら笑え,という松倉会長。いま,大河ドラマ「いだてん」をリアルタイムで眺めるとき,手元に置いておくべき一冊である,と断言しておこう。


起きたことは笑うしかない! (朝日新書)

起きたことは笑うしかない! (朝日新書)