読書感想文「経営参謀 戦略プロフェッショナルの教科書」稲田 将人 (著)

 日経ビジネス文庫お得意のビジネス小説である。
 経営参謀は登場しない。経営参謀が求められるシチュエーションに陥った状況を通じて読者に考えさせるのだ。お前がこの会社の経営参謀だったらどうする?と。
 マネジメントがチームづくりだとすれば,経営参謀とは組織の中で個々のマネジメントが機能しているか,課題解決に向けて改善・改革が進んでいるかを組織的にチェックする社長業の補佐だ。
 スーパーマン的な人物が個人商店から,やがて大組織を形づくる。全ての組織の成り立ちから成長を知っているのだから一を聞いて十を知る創業者の時代である。それが2代目以降になる。組織としてしか,幹部を通じてしか会社を見ない。マネジメントの最小単位の「現場」にトップが興味を持てているかが鍵になる。その時,大きくなった組織で各々のチーム同士が最適な協調をさせることが社長の仕事だ。その社長の手となり足となる社長チームとして参謀が組織文化,組織体質をつくるのだ。


読書感想文「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある」岡 檀 (著)

 カラッと明るい読後感を味わえる一冊である。
 岡が研究対象のフィールドとする徳島県海部町の人々は,次のように評される。ー 世事に通じている。機を見るに敏である。合理的に判断する。損得勘定が早い。頃合いを知っている。深入りしない。愛嬌がある。他者に対して興味津々で人間観察に長けている。弱音を吐かせるとリスク管理術を持つ。飄々として抜け目がない。
 まるで,都会人の気質ではないか。野暮な田舎者のそれではない。
 なぜ,そんな人たちばかりなのか。海部町は江戸初期に山林需要に応えることで急に発達。大勢の人足,職人,商人が流れ込んだ地縁血縁の薄い移住者たちが皆一斉にゼロからコミニュティをつくって来たからだという。
 人や世間をよく観察する。そこで見えてくる人間の「性(さが)」や「業(ごう)」だ。煩悩まみれのダメさをわかった上で,人の心が動くような仕掛けを施す。それができない者は野暮なのだ。落語を聞け!という話しである。
 そして,このコロナ禍で岡の研究がどう進んだのか,気になってくるのだ。


読書感想文「今、田村明を読む: 田村明著作選集」鈴木 伸治 (編集)

 「地方分権」が旗印になって盛り上がっていた90〜00年代にかけて,地方自治体の職員で田村明を知らずにまちづくりを口にする人間はモグリであった。原典となる田村明の著作は読んでいて当然である。あの頃,田村明=まちづくりである。
 その田村の単行本として出版されなかった論考を綴った選集であると編者は言うが,謙遜である。「序章・田村明とその時代」と「あとがき」は田村明研究にとって,田村を支えた精神的バックボーンを知る不可欠な資料であると同時に,田村を通じて地方の側から時代を知る史料でもある。さらに各章ごとの「解題」は単なる説明ではなく,やや時代がついた書かれた当時と現代とを結びための手引きである。
 「総合化」,「都市プランナー」,「企画調整」,「プロジェクト主義」,「都市デザイン(アーバンデザイン)」,「市民参加」,「都市経営」など,地方自治地方分権を語る上で田村が一般化させた言葉が多い。
 ナマの田村明を見た聞いた一人として,こうした本の存在を知らしめないわけには行かない。


読書感想文「ネオウイルス学」河岡義裕 (編集)

 若い学問分野の勃興期である。
 病原体としてのウイルスを研究対象とし,生物に病気をもたらすことを解明したい,病気を防ぎ治療したい,との動機だったのが従来のウイルス学だった。それが研究が進んだ今,必ずしも病気をもたらさないどころか,ウイルスが生命の進化をカギとなる事例もわかってきて,学問分野としての幅がぐんと広がり,立ち上がったのがネオウイルス学のプロジェクトだ。
 若い研究者たちが自身の研究活動を答えるだけでなく,なぜ,この学問分野に進んだのかを話す。偶然の出会いや何気なしに決めたことだったりしている。これからはどうか,現在のコロナ禍を経て,中高生がネオウイルス学に進むだろう。熱く優秀な子たちがまなじりを上げて扉を開けてくることだろう。そして,常識が覆ったり社会生活が大きく変革してしまうような新発見,新開発にもなるだろう。
 生命科学遺伝子工学などと呼ばれているものも含め,中高生の教科書も改められることになるし,高専や工業高校,農業高校などの改組や学科再編も起きるのではないか。研究の最前線を知ることで明るさを感じることだろう。


読書感想文「ゲノム編集とはなにか」山本 卓 (著)

 生命科学,医療,創薬,農業,いやいや,そんなもんじゃないぞ,ゲノム編集のインパクトは。そして,2020年のノーベル賞「クリスパー・キャス9」が,本命である。
 何がスゴいのか。ゲノム編集にはクリスパー・キャス9が欠かせないツールになっているということだ。どうしてか。狙ったゲノムの場所を簡単に改変できるからだ。クリスパー以前に,第1世代・ZFN,第2世代・TALENといったゲノム編集技術があったが,編集部位を特定するのは大変だった。それが,ガイドRNAを作成しキャス9酵素で切断することで,スピードと精度が格段に向上したのだ。
 特定の遺伝子疾患などを標的に編集できる。それも手早く,容易に。つまり,ゲノム編集をやることが生命科学や医療,創薬において当たり前の時代に入ったということだ。もはや,家庭用の照明に白熱電球を選ぶ者がいなくなりLEDが標準となったことと同じことが,起きているのだ。それは,遠い研究室の話ではない。ゲノム編集が確実に我々の生活を変えるのだ。


読書感想文「旅する練習」乗代雄介 (著)

 ロードムービーという映画ジャンルがある。果たして主人公が主役なのか,それとも移動そのものが主であって,配役としての登場人物は添え物であるか。旅とは,旅するとは何だろうと映像の先に考えさせられる。
 そんな映像を見るように,小説世界を楽しんだ。コロコロと弾んだ声をあげる姪と小説家の主人公だ。サッカーボールと堤防を歩いて向かう。まるでバカげた旅だ。楽しいだろうな。アイテムは,真言(しんごん)とオムライス,そしてコンビニおにぎりだ。
 我々は,禁足令下にある。旅って何だっけ?どうするんだっけ?と言いたくなるほどに,感染リスクを避けた行動をしている。感染リスクを恐れなくてよくなったとき,溢れる出すように旅行商品を買い求めることになるのだろうか。
 何気ない,他所から見ればバカバカしい移動がこんなにも素敵で掛け替えのないものなんだ,そしてそれが人生をも動かすのだ,と気付かされる。こんなにもベーシックな旅でいいんだ。
 でもね,最後に「ズルいな,これは。あー,そりゃないよ」と切なくなったことは付け加えておく。


旅する練習

旅する練習

読書感想文「同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか」鴻上尚史 (著),佐藤直樹 (著)

 気を遣える人,うまくやり過ごせる人,世渡りが上手い人,腰の低い人,人当たりのいい人ーそんな人は羨ましく,憧れたりする。本当はね。ただ,誰しも,そんな性格や精神面,コミュニケーション・スキルのトレーニングを受けているわけじゃ無いから,困難な状況が続くと,感情が溢れる。怒りや悪態が表面に出る。饅頭を押し潰すと餡が飛び出てくるように。
 だが,結局のところ,1997年の拓銀山一證券の破綻,2008年のリーマンショックの経済のクラッシュにより,人心が荒廃したことで,遣り場のない鬱積や不満が「ブツけてもよさそうな相手」に投げつけることが許されちゃう「世間」に当たり散らすことでカタルシスを得た者が,連鎖を産んでいるのだ。この間,天災もあった。だが,経済事件なら,人や社会が介入し,そこで働く人間を犠牲にせず収拾させる可能性はあった。経済的に失敗した人を自業自得だ,と指差す傲慢な新自由主義の中で「勝ち組」の影に隠れて小賢しいマネをするような連中の仲間入りをする必要など無かったのだ。
 個人として,マトモな判断をし当然の行動をするためには,阿(おもね)ったり,媚へつらうことなく,独立した一個の人間としての尊厳を保てるだけの経済基盤がその人にあることだ。危機にあるのは,経済社会が蝕まれ,そこですり減った人的資源のストレスによって「世間」において「同調圧力」を高めていることだ。
 この本では,盛んに日本社会の特性を書き立てるが,そうだろうか。このコロナ禍において,さらに病んでいく日本社会だが,徹底的にカネをばら撒いてみよ。「世間」や「同調圧力」の類いの問題は,実はカネによって雲散霧消すると思うがどうだろう。
 そして,心理的安全性がチームビルディングの上で求められているのは,日本だけではないことも思い起こしてもいいはずだ。