10年前に書かれた本を答え合わせのように読んでみる。
結果としてのいま、青学陸上部の黄金期がある。このことは、イノベーションの典型例と言っていい。ベンチャー企業として創業しただけでなく、その後も業界でトップランナー(!)として君臨しているのだ。尋常じゃない。もはや、ベンチャー企業家ではなく、連続イノベーターのトップリーダー・原晋の手腕である。
その原晋が10年前に何を言っていたか。ヒントとなる言葉を探ってみたい。
「think !」である。考えよ。自主的に、自分で目標を見つけ、そこに挑む。なぜ、その目標を設定するのか、なぜ、その練習をするのか、どう体を使えて、そう体を動かしたことでどうなったのか。IBMの社是でもあり、図書館でも見かけるポスター「think !」は、コーチングの基本だ。勝手に答えを押し付けるのではなく、本人が腹落ちする答えを自分で出すための手伝いを役割として、監督=管理者=指導者として「待つ」。ホントはあれこれ、言いたいのだ。でも、そこを堪えて、様子を見守り、あとでコソッと話しをする。もしくは、相談を受け入れるために、グズグズとしたワキの甘い時間をつくる。
スポーツは、とくにコーチの役割が大きい。コーチが誰かによって選手・チームが出す結果が異なる。それは、勉強における講師も、仕事における上司も、おそらく変わらないだろう。結果の出ないチーム、組織、会社、団体、地域、国があるとして、そこにおける指導力と、指導を受ける受動力、そして受けた結果を能動的に発揮できる環境づくりに、欠落があるのだ。育成がダメなのは、育成される側の素質や能力、意欲の問題ではない。指導者の素質や能力、情熱の問題だ。「弱さ」とはそういうことだ。
原監督は、当たり前に王道の「指導」を行っている。陸上競技出身であったので陸上部を指導することになったわけだが、陸上そのものに適性があったのではなく、指導者として適性があったということだ。結果を出した原がいつまでも異端やイロモノであっていいはずがない。
読書感想文「あなたはなぜ雑談が苦手なのか」桜林 直子 (著)
お手軽ハウツー本だと舐めてかかると痛い目に合うぞ。「サクちゃんという哲学」である。コミュニケーションや発意、感情、捉え方見方などについての「サクちゃん・ウェイ」であり、「サクちゃん・メソッド」である。現代の哲人・サクちゃんの思考だ。
サクちゃんとは考える人ではある。つまり、考える一方で、自分を見て、相手を見る人だ。そして、話すと聞くを自分の中に置くのではなく、自分と相手の間に「話すと聞く」を置く人だ。話すと聞くことを自分で背負いこんでしまわない。なので、話すと聞くに対してイーブンにフラットになれる。話すと聞くを自分に内包してしまうと、言葉に押しつぶされそうになるし、その言葉が自分の中を駆け巡るので、相手を見られなくなる。そう、自分のプールが言葉でいっぱいになって、自分のことを見られなくなる。当然、思考も回らないし、感情に蓋をしてしまうことになる。言葉よりも人を思って見ているのではないか。
サクちゃんがコロナ禍に始めた雑談のサービスだが、あえて雑談と言い続けているのも興味深い。chit-chat, small-talk, chatting, idle-talk など気取って英語に置き換えることなどいくらでもできたはずだが、ザツダンと洒落っ気のない語感を使い続けている。雑談を気取ったものにしない、という思いがあるのだろう。当然、「仕事は「どこの、誰に、何を、どのくらい届けるか」の設定がすべてだと考えている」と客商売を通じて得た感覚からの言葉のリアルさと言えようか。そして、思いつきを事業計画に落とせる人だ。
ぎゃふんと言わせるような思想家ではない。だが、感情と思考のクセに気づけ!自分に気づけ、他人から聞くだけじゃなく、自分を知って、自分を知ってもらえ!というサクちゃんに、もっと光が当たるのではないか、そんな気もする。
読書感想文「飛脚は何を運んだのか ――江戸街道輸送網」巻島 隆 (著)
飛脚とはシステムである。中継リレーが上手くいくよう手筈が整っている必要がある。
サービスが高度化しシステムが開発されるときのニーズとは、大抵の場合、軍事目的・軍事利用が端緒である。飛脚というシステマチックな仕組みもそうで、最前線と司令官との間で最新の情報の伝達が何より必要だった。それは大規模な戦さとして、源平合戦に始まる。
また、江戸時代に、天下の台所、商都・大阪と幕府を置いた江戸という2つの性格の異なる拠点の間で、通信が必要になったことが飛脚を一層、発展させた、という指摘は面白い。つまり、A - B間の片方からの発信だけでは、発展せず、相互のやり取りなくして飛脚という仕組みが発展しなかったということだ。
廻船問屋や高瀬舟に代表される物流と違い、情報通信手段として、少なくとも本人や配下の者が直接、持ち込むことに比べ、スピーディーであることを謳い、サービスを求められたということである。
近世の経済を成立せしめた社会システム・飛脚。近代国家を迎えるまでの準備期間の世間の期待を運んだ、ということでもあるのだろう。
読書感想文「西遊記事変」馬伯庸 (著), 齊藤 正高 (翻訳)
「すまじきものは宮仕え」の企業小説、サラリーマン小説だ。
我々が、西遊記の主要登場人物だと思っていた一団の4名は、ただのプレイヤーであり、台本を書き演出を施したディレクター陣がいたのだ。見えているのは、全てではない。なるほど、中国の奥深い知恵である。
あの世も、仏教と道教のカンパニー制で、互いに別系統ではあるものの日常的に交流はあり、相手側をよく知っている。カンパニー制で司るのだから、部門別のCEOがいて、組織の都合が発生し、根回しも必要でいろいろと面倒なのだ。互いに立てないと、無理を通せば道理は引っ込むのだ。とは言え、上司の言うこと、上司しか持っていない情報、上司が先回りして打ってきた手立てに振り回される。菩薩級でさえ、パシリなのだ。大変すなー、巨大組織で働くっちゅうのは。
夢や浪漫ではなく、メンツや言い分を気遣うバックヤード・ストーリーだ。立場への言及や弁明、言い繕い、ホウ・レン・ソウの場面が多い。それは実際の組織内のコミュニケーションとしてやり取りされる事柄に即したものだ。
きっと、タフ・ネゴシエーター 李長庚の活躍に見習うビジネスマンは多いはずだ。
読書感想文「成瀬は都を駆け抜ける」宮島未奈 (著)
もはや、日本の元気と前向きさを作るメートル原器・成瀬あかりだ。
世間との折り合いを少しだけ増やしながら、成長し交友の範囲を広げているが、それでも成瀬は変わらない。読者はそこを確認して安堵する。
成瀬あかりらしさとは、何か。価値を自分で見つけ、判断し、行動することではないか。もちろん、成瀬も世間的な評価や価値判断を知らないわけではない。そうした周囲を客観評価しつつ、自身の判断を下し、実行していく。その決断力と実行力が特徴であり、魅力だ。案外と、ヒトはグズグズして決められないし、実行もできない。成瀬の周りもそうだ。そこを成瀬は、断定口調でスパッと言い切ってくれる。読者はそこに快哉を叫ぶ。
3部作の終了である。だが、成瀬があちこちに出かけてもいいのではないか。台湾へ出かけたり、ベトナムに行ってもいい。ネパールに行っても面白そうだ。もちろん、国内の離島でもいい。高野山や熊野、能登もイイだろう。沖縄や北海道、いやNHK以外の東京のあちこちへ出かけなきゃならないな。そもそも西武のベルーナ・ドームは必要だろう。
フラッと「極めたくなった」と言い出して、各地を成瀬節で語ってもらいたい。膳所から世界へ。
読書感想文「ぼくたちはどう老いるか」高橋 源一郎 (著)
GT(ゲンイチロー・タカハシ)ことゲンちゃんは寂しいのだ。
人が亡くなって「いなくなる」。そのことがただただ寂しいのだ。
そして、そのことを我が国のチョー天才・鶴見俊輔を引いて、そして引いたことをアウトラインにしながら、いなくなることについて論ずる。
人がいなくなることを受け止めること、そのいなくなることの実況プレイを、ゲンちゃんが他人目線ではなく、我がこと、自分の肉体を通して言葉にしていく。なので、そこには鋭利さよりもトツトツとした浮遊感を伴った言葉が連なる。
結局、「トシちゃん」について、書いておかねばならなかったのだ。作家以前も作家以後も、「トシちゃん」との間にあった距離と、幼い「トシちゃん」を世話する子どものゲンちゃんを回想する。そうすることが、「トシちゃん」を見送ることで相当参ったゲンちゃんの持って行きようのない心の痛みとして、この本を為した。
それにしても、だ。「70歳」前後を目安にして、「老人」たちは少しずつ「社会的な死」を迎えるのだ、とGTに言われてしまった。必要がなく、役割がないと言われるときまで、もう、そんなに時間がない。悠長にしてはいけない。あっという間じゃないか。
背筋がシャンとなった。
読書感想文「松本清張の昭和」酒井 信 (著)
ヒトの臭いがただよい、苦味が広がる。苦労が生む人間の滋味とはそういうものだろう。若き清張にとって、生きるため、ただただ精一杯だっただけかもしれない。それでも、よくぞ耐えましたね、と声をかけたい。本という相棒がそばにあったから故かもしれないが。
コツコツと作品を投稿し、大きな運を掴んだ。文学と向き合ったからだ。耐えに耐えて、圧倒的な才能を発揮して掴んだ。本人は自分の才能を信じていただろうが、才能に自分を委ねることは逡巡したはずだ。
大成功のあとの「社会派」としての活躍は、本人がついにやりたいことをやれるようになった証しだろう。やりたいことをノッてやるから面白いものができる。本領発揮だったろうし、自由にやれた仕事だったろう。
清張の存在とは、大戦を挟んで下層の暮らしの中にいただけでなく、兵隊に召集され、戦後に英語を学んだりと、庶民・大衆としての戦前・戦中・戦後を体現している。まさに「松本清張の昭和」であり、昭和という時代の鬱屈さと妙な明るさ前向きさとも言える。
耐えたが故に、堂々と成り上がりをやってみせた、そう言えなくもない。






