何もしないことに全力を尽くす


 アマゾンで何度かオススメされる本があったので,それをクリックしたところ目次や中身を一部,見ることができたので,のぞいたみたら面白そうだった。その本自体は,文庫化に当たってタイトルを変更したものらしく,変更前の本を図書館から借り出してみた。
 本は,河合隼雄棋士谷川浩司の対談本。河合隼雄の対談本の中では,ちょっと驚くくらい河合がしゃべっている。いつものホストとして,「そうですな」とうなずくだけの感じではない。自分からしゃべるのだ。棋士として,普段,言葉以外でやりとりする方との会話は面白いということか,それとも谷川が面白いのか。

 難しいことは分かりませんが,勝負事であれ普段の生活であれ,自分一人の力ではどうにもならないということは必ずあるわけです。そんな時に,自力だけですべてを思いどおりにしようとじたばたしたり,逆に思いどおりにならないからといって絶望したりするのではなく,なんともならないところはいわば仏様に任せて,自分ができることをしっかり見据えてやっていこうというのが「他力」ということではないかと思います。そういうことはあるような気がします。


p.124 谷川 「無為の力」河合隼雄谷川浩司

 ああ,やっぱりそういう経験がおありなんですね。
「他力」ということも,ものすごく大切です。つまり人間はいつも「自分の意識」とか「自分の考え」とか,なんにでも「自分の」というのをつけて考えてしまうわけですが,そういうとらわれから解放されて,もっと違う力に身を任せていこうということですね。ただ僕なんかは他力だけじゃなくて,たまには自力もないとおもろないと思っているんですが,そのへんの折り合いが大切なんでしょう。


p.125〜126 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司


「自分一人の力ではどうにもならないということ」がある,とういことを僕らは認めたくない。アレをこーして,それをあーすりゃ,動くに決まってんじゃん,と。そうならないことの理不尽さを受入れたくないのだ。「ナンデダヨー,ドーシテダ!ワケワカラン!!」と。誰だってそうだろうけど。

 情報を知ることは大切だけれども,それは道具にしかすぎません。それを使って最後に決断し何かを成し遂げるのはあくまで人間であり,自分自身だということを忘れないで欲しいですね。


p.130 谷川 「無為の力」河合隼雄谷川浩司

 その点は,心理療法でも似ていると思いますね。僕らが心理療法を勉強しているときによく言われたのは,「理論は勉強しなくてはいけない。しかし本当にクライエントを目の前にしたときは,理論は全部忘れなさい」ということです。つまり,できるだけ本を読んで理論を勉強しなければいけないんだけれども,それにこだわるなということなんてすよ。ただし,どうせ後で忘れるなら,全然勉強しなくてもいいじゃないか,と思うのは大間違いなんてすね(笑)。ここらへんが難しいところなんですが。
(略)
 もっとも,それを口で言うのはたやすいですが,実際はなかなか難しいですよ。やはり僕らでも,本を読んだらそこに出てくる理論や考え方が好きになるんですよね。そしてそれが好きになると,どんな人が来てもその理論で治せるように思えてくるんですよ(笑)。


p.130〜131 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司


情報や理論を知ってるとエラい。まあ,知らないよりはそうだよね。でも,それにとらわれずに何かをなす,治す,ことをしてこそ意味を持つ,と。

 「ボーッと聴く」というのは,カウンセリングではとても大事なことです。実はボーッと聴いている背後にはすごいエネルギーが使われているのですか,それがなかなかできないんですね。エネルギーを使わないで単にボーッとしているのでは全然駄目です。それでは素人と同じなんですね。


p.130 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司

 しかし面白いことに,相談を続けるうちにその人なりに自分でよくなっていく人もいます。
(略)
 そうなるように僕が導くわけじゃないんです。もともとそういう可能性をその人が持っているんですね。その人がもともと持ってるものが自然に出てくるのを待つよりしょうがない。だから,カウンセリングというのは大変なんです。待ってるだけの商売ですよ(笑)。本当に気が遠くなるぐらい気の長い話しですね。
 大切なのは,ただ待ってるだけじゃないということですね。希望をちゃんと持っている。そこが違うんです。だから,長いこと待っていてもイライラしないんですね。下手な人は,待っているうちにいらつくんですら。そうすると,相手もいらつくわけです。その点,僕なんかはもう堂々と待っていますから(笑)。
 「何もしないことに全力を傾注する」。それはものすごいエネルギーのいる仕事ですよ。よほどエネルギーがなかったらできないです。そのエネルギーをうまくコントロールできないから,爆発してイライラするんですね。


p.141〜142 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司

 確かに,日常生活の中で「何もしないで待つ」というのは大変なことだと思います。もちろん僕だって生活の場ではまるっきり何もやらないわけじゃないですよ。フルートも吹くし,レコードを集めたりもしてますからね(笑)。
 例えば会社の人間関係で,嫌な上司がいるとか,頼りない部下がいるとなった時に,「あいつをやっつけてやろう」とか「あいつの性格を変えてやろう」とか思っても,たいがいうまくいかないですよね。万一うまく喧嘩して勝ったとしても,それで周囲の人間関係がまた悪くなったりするわけでしょ。だから,本当はそういう時も,こちらから「どうこうしてやろう」なんて思わないで,ボーッとして待っていればいいんですよ。でも,それがなかなかできないわけで,どうしてもよけいなことをしてしまうんです。
 そういう時には,「希望を失わない」ということが大事です。希望を失わないでボーッとして待っていれば,向こうがそのうち自分から変わるんです。しかもそれを,後から「私が変えた」なんて思わないことですね。結果的に変えたことになるにせよ,実際はこっちが何もしていないのに,その人が勝手に変わったんですよ。
 そうそう,希望といえば,これは駄洒落ですが,新幹線の切符を買おうとしたら「『のぞみ』はありませんが『ひかり』ならあります」なんて言われることあるでしょ。僕は窓口でそれ言われて感激してね。思わず「望みはないけど,光がある!」と大声で繰り返してしまったんですよ。そうしたら駅員さんが,「あっ,『こだま』が帰ってきた」(笑)。
 それ以来,僕はつらいことがあっても「そうや,望みなくても光はあるんや」と思うようにしています。


p.152〜153 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司

 (略)十年ぐらい前ですか,私が羽生さんと対局でよく負けていて暗い気分でいた時期に,ある対局の主催者の方から「谷川さん,朝が来ない夜はないですよ」と言われたことがあります。そこまではよく聞く言葉ですが,それに続けて「夜明け前というのは,実は一番暗いんです」と言われたんですね。それはとても心に響きました。心の闇が深ければ深いほど,それが明ける時も近いんだ。そう思うと勇気が湧いてきたのを覚えています。


p.153 谷川 「無為の力」河合隼雄谷川浩司

 仏教ではよく,「いつも仏様の光に照らされている」とか「仏様が見てくださっている」といった言い方をしますね。これもそういうことを言っているのでしょう。例えばガンになったとしたら,どんなに自分が頑張っても,高い薬を飲んでも,最高の治療を受けても,死ぬことはあるわけです。でも,もともと病気にならなくても人は死ぬわけですしね。だから,自分の力だけではどうしようもないことがあると分かっていれば,かえって絶望しないで,自分ができることをしっかりやって生きようという気持ちにもなれると思うんです。
 だから,どんなに負けていても,諦めて勝負を投げ出さない。どんなに辛いことや悲しいことがあっても最後まで希望を失わず,人生を投げ出さないことですね。私もこれからそんな時は「望みがなくても光はある」と思うことにします(笑)。


p.154 谷川 「無為の力」河合隼雄谷川浩司


「待つ」話しを長々と引用した。Can you wait ? と言われているようだ。しかも,待つことそのものに「望み」はないのだ。でも,「光」があると思って待とうや,夜明け前が一番暗いんだから。そこを「どうこうしてやろう」なんて思わないで,ボーッとして待つんやでー,と。ふー,確かに,こりゃエネルギーが要りますな。

「人間には運命みたいなものがあると思いますか」と聞かれることがあります。僕は別に運命論者ではありませんが,でも,どうやら運命のようなものは人間みんな持ってるんじゃないかな,という気もしますね。人の生き方を左右するのは,もちろん本人の努力とか体力とかいろんな要素が関係していて,それが形に表れたのが人生でしょう。しかし,それでも人それぞれに,自分の力ではいかんともしがたいものを持って生きているということはあると思います。ただ,それを言葉にして,あなたは三十歳ぐらいがピークの運命ですとか,あなたは六十歳ぐらいにピークが来ますよといった言い方はできないと思うんですね。
 これまた駄洒落ですが,僕はこういう言い方をしてるんですよ。みんな自分の力では変えられない運命を持ってるかもしれませんね,と。でも,ベートーベンの『運命』を書き換えるわけにはいかんけど,同じ『運命』でも誰が演奏するかで違うでしょ。ベルリンフィルが『運命』を演奏したら入場料が飛び上がるほど高いけど,そこらのアマチュア交響楽団がやったら誰も聞きにきてくれへん(笑)。だから,運命はあるかもしれないけど,その運命をどう演奏するかは各自に任されてるんですね。そういうふうに思ったら,面白く生きられるんじゃないかなと思ってるんですけれども。


p.155〜156 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司


トンデモっぽく誤解されると困るけど,「それでも人それぞれに,自分の力ではいかんともしがたいものを持って生きている」。それを運命って言ったり,「他力」を考えたりするわけやね。でも,「その運命をどう演奏するかは各自に任されてる」とは,わかりやすいね。

この人はほめたほうがいいとか,この人は厳しくしたほうがいいと見分けることよりも,やっぱり自分の人間というものがどれだけ出てるかというのが勝負やと思うんです。ですから,変に考える必要はないです。むしろ腹が立ったら怒ったり,いいと思ったらほめる。そういうふうにこちらの思いをすぐ表に出したほうがいいんじゃないかと思いますね。あまり考えて,ここはほめるとつけあがるんじゃないかとか,叱ると萎縮するんじゃないかとか,そういうことを思わないことやと思うんです。ほめたかったらほめたらいいし,腹が立ったら怒ったらいい。せっかく生まれてきて,辛抱することはないと思いますよ(笑)。
 ただそれともうひとつ大事なのは,やっぱり相手をよく見てるということですよ。わっと叱った時に,その後どんな顔をしていたか。その後どういう生活をしてたかとかね。それから,ほめた後でどうなったか,ですね。
 ほめた後で,そいつが天狗になるようやったら,ほめたこっちが悪いわけです(笑)。「なんで俺は人をほめ過ぎる人間なんだろう」と反省すればいいわけですね。それが下手な人ほど,すぐ相手の欠点を言うわけです。「あいつはちょっとほめただけで天狗になってる」なんて人を非難して,そうなるようにほめた自分はどうかということを考えない人がと多いんですよ。
 そうやって,後で反省してみると,自分の教え方のパターンというのが分かってきますね。「どうも僕は有頂天になって,すぐほめ過ぎる癖があるな」とかね。子どもなり生徒なりの動きをよく見てると,自分自身のことがよく分かってくる。それを見て,自分のやり方をちょっとずつ変えていけばいい。根本は好きなようにやっていいんですよ。
(略)
 ただ,一般論で言うと,「嘘でもほめる」ということは必要だと思いますよ。やっぱりほめるということは,人を大きく育てる上で大切ですね。


p.185〜187 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司


 ここから引用テーマが変わって教育の話し。厳しくしたほうがいいか,優しくしたほうがよいか,と問う谷川への答えがこれ。「自分」という人間を出すことと,相手をよく見ることか。あ,あと反省ね。いかんいかん,反省。

京大の僕の後輩が何人か今教授になってまして,彼らといろいろと話していたら,「河合さん,最近は生意気な奴が減って残念や」と言うんですね。
 今は若い人も妙にもの分かりがよくなってね。「これも分かってる,あれも分かってる」ということになると,生意気になりにくいんですよ。生意気というのは,分からないから偉そうに言ってるわけでしょ(笑)。知らないからこそ俺は偉いと思うわけですからね。
 その後輩の先生に「生意気とはどういうことですかね」と聞いたら,「何やらわけのわからん自信があることですよ」と言ってました(笑)。そうなんですね。わけの分からん自信に押されて,いろいろ生意気を言ってしまう。で,「お前,生意気や」と言ってたたかれてるうちに,何かそいつなりの面白い意見が出てくるわけですよ。人間ってたたかれるほどがんばりますからね。だから生意気な奴というのは,面白い可能性を持っているんです。本人はもちろん自覚してないですけど。
 いや,僕なんかも若いときのことを考えたら冷や汗が出ますね。

p.194 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司


冷や汗。ええ,出ますよ。いつでも。5リットルくらい。だから,若いころの話しは止めてください。いや,あのその,つい最近の話しも結構です。スイマセン。

 文化でもって日本を元気にしていこうというあの構想のヒントは,もともと心理学にあったんですよ。今,不況や不況やと言われてますね。不況というのは英語で「デプレッション」と言うんです。ところがこれは,心理学のほうでは「抑うつ症」のことなんですね。
 だから,アメリカで講演した時,「僕はデプレッションを治す専門家や」と話したら,「お前は日本の不況を治すのか」と冗談言われてね(笑)。
 抑うつ症の人の相談をしてますと,みんな仕事ばっかり根を詰めてやってきて,行き詰まってるわけですね。それで元気がないんです。ところが相談にのっているうちに「ちょっと絵を描いてみたい」とか「音楽をやりたい」とか言い出されて,それをうまくやっていくと元気になられるんですね。そうすると,仕事でも元気が出てくるわけです。
 ですから,今の日本は経済に元気がないと言いますけど,そんな話しばかりするから余計に落ち込むんですね。ですから経済経済ばかり言うのではなくて,「文化力」と言ってるんですが,文化は人を元気にする力を持っていますし,文化で人を元気づければ経済も元気になるだろうという発想なんです。


p.205〜206 河合 「無為の力」河合隼雄谷川浩司


元気に仕事をする。その仕事が人を元気にすることもあるだろうけども,むしろ,元気だから仕事ができる,と考えたほうがいいだろう。じゃあ,その元気をどうやって補充するか。河合は文化でしょ,という。
 文化でへこんだらどうする?「自分一人の力ではどうにもならないということ」があるわけだからさ,そういうもんだ,つーことで。


 対談本だけに,スーッと気楽に読み進めていけちゃうわけだけど,河合先生がよくしゃべっていることもあって,対談相手への回答に留まらずポイントの理解につながる部分多し。谷川がお寺の子というのも対談が進んだキーでしょうね。河合本を何冊か読んだ人も力を抜いて再確認ができる一冊。機会がありましたら,どうぞ。



以下,引用元。

無為の力―マイナスがプラスに変わる考え方

無為の力―マイナスがプラスに変わる考え方


こっちが文庫化されてアマゾンからオススメされてた本。

「あるがまま」を受け入れる技術 (PHP文庫 か 1-2)

「あるがまま」を受け入れる技術 (PHP文庫 か 1-2)