「地域経営」,「行政経営」時代の経営管理の新たな可能性


 「地域経営」,「行政経営」が言われるようになって久しい。行政組織を「経営」する視点が見ることや地域を「経営」することで地域への適切な資源の投入と成果を得ようとするものだ。
 この際,必要な「経営」手法は,どのようなものか。当然,旧来の手垢にまみれたものであっていいはずがない。あらゆる段階においてイノベーションが求められるが,業務イノベーションや製品イノベーションレベルではなく,経営管理そのもののイノベーションがその組織体にとって,もっとも持続可能性を持つと言われる。
 経営管理イノベーションに必要な現在の慣行への検証に取組んだ事例から学んでみたい。



経営管理の新しい可能性を見いだすための社内ディスカッション>


●方法
1)「変革」「イノベーション」「社員参加」などの経営管理のテーマから
  一つを選択
2)10〜20人の職場の同僚・社員を参集
3)集まった者に,選んだテーマを示し,各人にそのテーマに関する正しい
  と思う答えを10個,書きだしてもらう
4)「答え」をそれぞれポストイットに1枚に1つ書き出し,全員分を集
  め,グループ化。


●A社の場合

1)「適応力」を経営管理のテーマに選択
2)集めたポストイットをグループ化した結果,トップ3は,

  1) 根本的な変革を起すためには危機が必要だ
  2) 変革を推進するためには強力なリーダーシップが必要である
  3) 変革はトップから始まる

3)これらの「もっともらしい」結果は,経験的に正しいと思われるわけだ
  が,「我々の経営管理慣行で自然の法則に根ざしているものは,ほとん
  どない。変革のペースと範囲を制限しているのは,人間本来の性質では
  なく,我々の未検証の考えである」ことを参加者に伝えた。
4)次に,参加者に,「変革についての彼らの考えのどれが疑う価値のある
  ものか(彼らが本当はこうであって欲しくないと思っている現実を反映
  したものか)?」と尋ねる。

  参加者一同 > 「1) 根本的な変革を起すためには危機が必要だ」を選択

5)「変革は,危機によって推進される」という通例に対する反例を思いつ
  けるか?を問う。

 以下,ディスカッションより。


進行役) では,根本的な変革を起こすには,なぜ危機が必要なのか。タイ
    ムリーな適応を阻む障害は何なのか?
A) たいていは現実否認が元凶だ。
B・C・D) そのとおりだ。
E) 現実否認は人間の本性だ。我々の誰もがときに現実逃避することがある。
C・D・F) それで決まりだ。
F) そう,それが原因だよ。人間は破壊的な変化に怖気づく。それだけの
  ことだよ。
進行役) 現実否認は伝染するのだろうか?自己欺瞞のウィルスは社内のす
    べての人間にとりつくのだろうか?それとも通常は,感染せずにす
    む人間,現状にしがみつくことの危険性を熟知している人間が何人
    かいるのだろうか?
B) そうだよ,通常は危機の前兆に気づく人間がいるんだ。たいてい何人
  もね。だけど,誰も彼らの言うことに耳を傾けないんだ。
A) 予言者がたいてい殉教者になるのはなぜなのか?
E) 未来への改革の志しを持つものたちが,経営陣が行動を起こすのをた
  だ待っていなければいけないのはなぜなのか?


●中間まとめ:「大きな変革のためには危機が必要である本当の理由」について

 ・少数の人間に権威が集中し過ぎていることが問題。
 ・権力がトップに集中していたら,少数の上級幹部に変革に意志や能力が
  あるかどうかで組織が変革できるかどうかが決まってしまう。
  〜トップにいるベテランたちは,現在のビジネス・モデルを築いた人間
  か,それを練り上げることで昇進した人間だ。彼らのキャリアやスキル
  や思考パターンは現状と分ちがたく結びついており,現状に変わるもの
  を思い描くことは彼らにはまずできない。彼らは現在の戦略に疑問を投
  げかける情報をどうしても無視したり,軽視したりしがちである。


F) では,企業は5年か10年ごとに危機を経験しなければならないという
  決まりはないわけだ。
B) そのとおりだ。だが,痛みを伴う再建を避けたいのなら,戦略策定を
  トップマネジメントに独占させておいてはいけない。
E) 今日の世界では,戦略を常に新鮮に保ち続けるのは容易なことではな
  い。トップ・マネジメントは重荷をわかちあうチャンスをむしろ歓迎す
  るかもしれない。
C) では,我々は何をすればよいのか?
A) 現状を変えるにはどうすればよいのか?
B) 戦略策定プロセスを,よりボトムアップにするにはどうすればよいか?


●結果:経営管理イノベーションがスタート
 -> 議論が進んでいく過程で,その要点をまとめて社内ウェブサイトに掲
  載したり,電子メールで社内に配布を推奨。議論の輪が広がり,イノベー
  ションの推進力が高まる。


●反証:上級幹部たちとの会話
 上級幹部たちは,イノベーションの必要性を語る。

 ・社員に少し柔軟性を持って,もっと大胆に考え,もっと冒険してもらい
  たいと思っている。
 ・一方,社員が本当にそうしたら,効率や実行に対する集中がそがれてし
  まうのではないかと心配。
 ・何年も費やしてビジネス・プロセスを練り上げ,無駄を排除し,業務の
  規律を高めてきた。
 ・社員に基本方針から逸脱したり,新しい手法を実践したり,新しいプロ
  ジェクトを生み出したりする自由を与えたら,苦労して築いた優位が一部
  失われてしまうのではないかと不安。
 ・イノベーションは結構なことだが,最終的には,誰が仕事をするのか?
 ・皆がイノベーションに取組んだら,誰が日々の仕事をするのか?


●実践に向けて 〜上級幹部たちへ
 ・大胆な経営管理手法で知られるホールフーズ,ゴア,グーグルなどの企
  業が,どのようにして社員に大きな権限を与え,しかも着実な成果を生
  んでいるのかを理解するためには,「何を実現する必要があるか」と「そ
  れをどのようにして実現するか」を区別する必要。
 ・規律が望ましてものであることは誰も否定できない。それは必要不可欠
  な「何か」である。問題は「どのようにして」だ。
 ・人々が時代遅れの経営管理プロセスの「どのようにして」を擁護するの
  はたいてい,そのプロセスによって達成していることを別の方法で達成
  できるかもしれないという点を深く考えたことがないから。
 ・「何を」と「どのようにして」を区別する手助けをし,考える時間を与
  えれば,新しい方法が生まれて来る可能性が十分にある。



 以上,「経営の未来」ゲイリー・ハメル著,p.164〜172より引用,翻案した。私は,この良書を繰り返し手にとっているが,できることなら多くの方とこのテキストをもとに意見交換したいと思っている。民間企業だけでなく,あらゆる組織「経営」にとって有効だと思うからだ。
 行政や地域の「経営」の視点について,疑問を持たれる方は,P・ドラッカー「非営利組織の経営」をご覧いただきたい。



経営の未来

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ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営

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