相変わらず,マイブームが続いている落語。太一くん主演の映画「しゃべれども しゃべれども」を見て,原作を読んでみた。いくつかの差異はあるものの映画は原作を忠実に表現したもので,映画の落語の世界が,さらに深く広がる
主人公・今昔亭三つ葉は,入門8年目の二ツ目。いま,越えるべき壁が立ちはだかっている。
師匠は登場人物を自分のものにしろといった。むずかしい注文だ。
(略)
前座の頃は噺をそのまま覚えさえすればよかった。小三文師匠は昔ながらの三遍稽古で本当に三回こっきりしかしゃべってくれなかったが,あとは高座を楽屋のそでで聞いたりテープや兄弟子を頼ったりで切り抜けた。つらくはなかったが。記憶の才はあっても,開発の能力はないのか,いや,研磨の腕があればいい,などつらつら思う。要するに人間が未熟なのだ,それは一週間や十日でどうこうなる問題じゃない,と結論すると,突然,腹がへってきた。
p.26 「しゃべれども しゃべれども」 佐藤多佳子著
オリジナリティが無ければ,プロとは言えない世界。どう自分の色を出していけばいいのか。三つ葉は,その真っただ中にある。
三つ葉は,師匠のお伴でカルチャーセンターの「話し方教室」に出かける。そこでの様子。
一人ずつ,講師の脇にのぼって,一分間しゃべる。テーマは“会話”だ。
開口一番は,サラリーマン風の中年男。某有名食品メーカーの子会社の総務部で係長を務めるが,会議の時の効率の良い発言の仕方を研究しにきたと語った。蝸牛のようにしゃべるので,これだけで四十秒くらい使った。もう少し舌の回転速度を増せば効率も良くなるはずだ。内容も悪い。会社と組織と地位についてあんな細かにしゃべる必要は無い。
続けて何人か出たが,皆おもしろくなかった。
まず,正面が切れない。これは落語の言葉だが,高座にのぼって一礼して顔をあげた時,視線が真っ正面から客をとらえることをいう。これができないと大看板にはなれないと言われている。意外と度胸のいるものだ。俺も初めは出来なかった。顔だけ向けても見えていない。なにやらぼやっとわけのわからないものが並んでいる感じだ。少し落ち着いて一人ひとりが見えてくると,これまた照れ臭い。そこで,そっぽを向く。自然,気持ちもそっぽをむく。客は敏感だ。故三平師匠のようにいちいち対話しなくてもいいが,あなたに向かって話しますという雰囲気づくりは大切だ。
p.29〜30 「しゃべれども しゃべれども」 佐藤多佳子著
なるほど。「正面を切る」か。人前で話す時は,気にしてみよう。どお?
「違うな。間違ってもいい。面白けりゃいいんだ。人の言えないことをしゃぺったら強い。俺の商売と似てらァね。要は個性だ」
自分の言葉にハッとした。同じことを人に言われたら,俺は返す言葉が無いような気がした。
俺もまた,面白さや個性より,正しくあることを望んでいる。古典落語の正統派の技術を身につけることばかり考えている。
p.123 「しゃべれども しゃべれども」 佐藤多佳子著
じゃあ,「人の言えないこと」って何だろう?人と違うことを言わなきゃってプレッシャーが襲ってくることにつながるだろうか。
自信って,一体何なんだろうな。
自分の能力が評価される,自分の人柄が愛される。自分の立場が誇れる−−そういうことだが,それより,何より,肝心なのは,自分で自分を“良し”と納得することかもしれない。“良し”の度が過ぎると,ナルシシズムに陥り,“良し”が足りないとコンプレックスにさいなまれる。だが,そんなに適量に配合された人間がいるわけが無く,たいていはうぬぼれたり,いじけたり,ぎくしゃくとみっともなく日々を生きている。
p.178 「しゃべれども しゃべれども」 佐藤多佳子著
そう,たいていは,みっともないんだ。
じゃあ,カッコ付けてしゃべる必要があるか。
自意識過剰というのはなかなか打つ手のないやっかいな病で,力を抜けと言って簡単に抜けるものではなかった。長い時間をかけた地道な努力が必要だ。あるいは,ちょっとしたきっかけが,思いも寄らない変化をもたらすこともあるが。
p.236 「しゃべれども しゃべれども」 佐藤多佳子著
いま,社会人に必要なスキルとして,コミュニケーション能力をあげられることが多い。うまくしゃべれてる奴の「ほど」を知り,そんな奴に自分を振り回されること無く,素でしゃべること。うまくしゃべることが,決してコミュニケーション能力の高さじゃない。
聞く力だったり,共感力だったり。だからこそ,「しゃべれども しゃべれども」,伝わらないって,ことになるんだよね。
さて,私は,好きな落語を聞くことにしよう。
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