話し言葉のボキャブラリーを豊かに


 すでにいくつかのブログでも言及されている新聞記事について,遅ればせながらではあるのだが。

 学校でおなじみの常用漢字表が改定される。情報機器の普及で漢字が「書けなくても打てる」時代になったため,手書きの難しい漢字など196字を追加する答申が文部科学相へ出された。だが,日本語学者の野村雅昭さんは「漢字はもっと制限すべきだ。このままでは日本語は滅びるかも」と言う。その真意は?


オピニオン「常用漢字を増やすな 日本語が滅びる」 前日本語学会会長の早大名誉教授 野村雅昭さん(70) 朝日新聞 2010年6月26日


身の回りで漢字が増えている実態があるのだろうと思う。何せ,こうやってキーボードに向かっていると,意識しないでスペースを押していると,文章が漢字だらけになってしまうもの。意識して無変換を選ばないと,文面が黒っぽくなってしまう。本当に読ませようと思うなら,ほどほどの漢字まじりでなないといけない。
 ヤンキーの妙な当て漢字の乱用も頭に浮かぶ。さて,野村先生は何とおっしゃっているのか。

 −−使える漢字を増やし,異字同訓の用法を増やせば,日本語の表現がそれだけ豊かになるのではないですか。
 「ただ混乱を広げていくにすぎません。『とる』という語をみても,『取る・採る・捕る・撮る・執る』とあって,意味によって書き分けるのは容易ではない。また,『怪しい』と『妖しい』で異なるニュアンスを書き分けても,それが語彙の豊かさを示すのでしょうか。本来なら『あやしい』に代わる,耳で聞いて違いのわかる話し言葉を創造すべきなんです。そうした音声言語を豊かにする努力をはじめから怠り,安易に書き言葉の漢字に頼る風潮が,むしろ日本語をまずしくしてきたのではないでしょうか」


オピニオン「常用漢字を増やすな 日本語が滅びる」 前日本語学会会長の早大名誉教授 野村雅昭さん(70) 朝日新聞 2010年6月26日


「あやしい」のほかにか。「きっかいな」「得体の知れない」などと置き換えて話すということなのかな。そうした表現の工夫を,とくに話し言葉として,どれほど普段から気をつけているだろうか。ほとんどない。
 この話し言葉の貧困が,文章を漢字だらけにすることが頭のいい行為のような勘違いを産んでいるのだろう。

 −−漢字はそんなに不便なものなのでしょうか?
 「特に視覚障害者や読み書き障害のある人にとって漢字は非常に不便です。画数が多く複雑な漢字は,機械で読み取ることが難しく,文字を拡大しても弱視者には負担です。自動点訳や音声読取機でも,同音異義語や独特の表記法などを正確にうつすのは困難。漢字を多用すれば,こうした文字による格差が生じてしまう」
 「それに,もはや日本語は日本人だけのもので花ありません。インドネシアやフィリピンから介護福祉士や看護師の候補者が来日しましたが,漢字が障壁となり,実務や国家試験に苦労している。今後,日本にやってくる外国人はますます増えるでしょう。ネットの発達で英語が帝国主義的な力を持つなか,日本語が生き残るには,外国人が学び,使いやすいように漢字を減らす必要があります」


オピニオン「常用漢字を増やすな 日本語が滅びる」 前日本語学会会長の早大名誉教授 野村雅昭さん(70) 朝日新聞 2010年6月26日


 文芸としての国語と,実用としての日本語を,そろそろ分けるべきだろう。日本語の豊かさとは,漢字をたくさん使うことではない。名詞や形容詞,副詞を話し言葉で,たくみに操り,意を尽くして伝える力こそ「日本語力」だろう。漢字検定に踊って,インテリを競うのは,変わった芸をお持ちですね,ぐらいに見ておくのが正しいように思う。
 日本語のいまとルーツを思うなら,蛇蔵&海野凪子の「日本人の知らない日本語」はオススメだ。お時間のあるときに,ぜひ,ご一読を。


日本人の知らない日本語

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日本人の知らない日本語2

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