カセットテープの信頼


 家電業界,いや家電メーカーが厳しいのだ,という。
 「そもそも,家電って」と,平成生まれなら笑うだろうか。もちろん,家庭の固定電話ではない。家庭電化製品。家庭生活を便利に豊かにするための道具であり,家庭の誰もが使える製品のことだ。
 この家電。とくにメーカーの売りたい製品と家庭の買いたいものの齟齬が大きくなったのは,いつ頃だろうか?と考えてみる。ジューサーミキサーの出始めだろうか。違うな。これは売りたい人と,使うと便利そうだけど,そんなに使わないだろうなと思う人の差。餅つき機。これは,作っちゃう人と,買ったはいいけど,やっぱり年に1回しか使わないよね,と思っちゃう人の差。さてはて。
 私は,決定的だったのは,DVDというややこしい存在が,録画することからみんなが退いちゃったことだと思う。考えても見てほしい。確かに,VHSとβのような規格対立そのものはなかった。だが,VHSのレコーダーを買っきてVHSのカセットを入れて録画をすれば,多少面倒だった(それでも,Gコードの登場は画期的だった)けど,確実に録画することはできた。これに比べ,DVDだ。技術の見切り発車のように,市場にはDVD規格があふれた。DVD-ROM,DVD-R,DVD-RWDVD-RAMDVD+RDVD+RWDVD-R DLDVD+R DL,なんじゃこりゃ。母親に買ってきてと頼める類いじゃない。しかも,不良品が混じっていたり,ドライブとの相性など,とてもじゃないが,詳しい知識いらずで使えるものじゃなかった。カセットテープを買ってきて磁性体が欠落していることを心配したことなど無かった。
 結局,レンタル市場には定着したかもしれないが,録画再生装置として,カセットテープに並ぶ信頼を得る存在にはなり得なかった。原因は何だろう。見切り発車でも市場での先行ランナーの地位を築いてのデファクトスタンダードを勝ち取ろうとしたことが要因だろうか。それもあるだろう。いち早く実現した技術を市場に問うてみたい,と思う技術者魂もあったのだろう。
 CDの成功,つまりアナログレコードの駆逐をスムースに成し遂げたことで浮かれたこともあったろうが,どうやることで,家庭の誰もが,流行りの曲や民謡を録音したり,語学学習に使ったり,会議を記録したり,野鳥やSLの録音をしたり,とあらゆる人にとって使い勝手のいい存在であろうとすることを忘れた家電が出回るようになったことで,家電そのものから家庭のみなさんが離れていったのだ。
 家電の地位を占めるものは何か。思い浮かぶのは,私の父や母が興味を持っているiPad,そしてiPhoneではないか。どうだろう,家庭の誰もが使えるのだからね。