冷静で確かな専門家が不安と向き合うということ


 今朝の新聞で,国際放射線防護委員会(ICRP)副委員長のジャック・ロシャールさんへのインタビュー記事があった。国際放射線防護委員会(ICRP)は,原発事故における避難などの根拠となる数字を示してきた組織だ。
 ロシャールさんは,パリ在住で50年生まれ。放射線防護の専門家、経済学者。なるほど,フランス人らしい(自立した)個人主義の立場で発言されている。

 ――2年半前の初来日から、福島での対話集会は少人数の車座のものも含めると10回以上になります。そうした集会をなぜ続けるのですか。

 「国際会議で来日した際にNPOの人たちと出会い、復興にかかわる様々な関係者が協力する必要があると感じ、福島市伊達市いわき市で開いてきました。最初、被災者は政府や東京電力に懐疑的で、不信感も渦巻き、日本人以外の専門家に話を聞きたいという感じでした。『このまま住み続けても大丈夫か』『引っ越したほうがいいか』という質問が大半でした」

 「しかし、その答えは人生で何を重視するかという個々の価値観によります。冷たく聞こえたと思いますが、人生相談には乗れませんと断ったうえで、どのように自らを取り巻く環境を見極めるか、ということを放射線防護の経験から伝えました」


(東日本大震災3年)福島とチェルノブイリ ジャック・ロシャールさん:朝日新聞デジタル


ロシャールさんは言う。


●住み続けるかどうかは,人生で何を重視するかという個々の価値観
●専門家としては,個々の人生相談には乗れず,どのように自らを取り巻く環境を見極めるか,を伝える立場


「住み続けられるか?」と,客観的と言えば聞こえのいい,自分以外の誰かのお墨付きの求める,判断を委ねてしまう有り様がそこにある。でも,決めるの自分だよ,とロシャールさんは言う。判断材料は,あげるからね,と。

 「誰にでもオープンにしたので、農家や若い女性、高齢者、自営業、教育や医療、報道関係者ら様々な立場の人が話し合う場になりました。反原発NPOや東京から来る役人の中には『私はオブザーバーのつもりで参加者ではない』と参加リストに記録を残すことを拒む人もいましたが、それはそれでいい。対話の目的はコンセンサスをつくることではない。どんな考え方も決断も、リスペクトされるべきだからです」


(東日本大震災3年)福島とチェルノブイリ ジャック・ロシャールさん:朝日新聞デジタル


 専門家が,一般の人たちと対話する。専門家として発言するために,だ。判断をしかねている人たち,決断を迫られている人たちが,そこにいて,そんな彼らと対話する。だが,「対話の目的はコンセンサスをつくることではない」という。
 僕らは,まとまった人の数があるとき,「わかりやすい説明」や「納得」,そして「合意」を求めてしまいがちだ。アカウンタビリティと合意形成をセットとして,求めてしまう。
 意見や考え方をまとめあげてしまうよりも,それぞれが個人として主体的に行動できるよう,「どんな考え方も決断も、リスペクトされるべき」意見として,対話の対象とするのだ,という。

 ――ICRPには「原子力エネルギーを推進している」「被曝(ひばく)地域に住み続けることを推奨している」などという批判もあります。どう受け止めていますか。

 「原発関連の分野は批判と無縁ではいられず、批判を恐れては何もできません。世界は原発と共存しているのが現実です。事故が起きれば、長期にわたって低線量の被曝の中で暮らす人々もいる。その土地に残る選択をした人たちに、影響を最小限に抑え、生活の質を高めるアドバイスをするのが目的で、そこにとどまればいいとは言っていません」


(東日本大震災3年)福島とチェルノブイリ ジャック・ロシャールさん:朝日新聞デジタル


 そう。「世界は原発と共存している」。それが現実だ。リスペクトされるべき個々の決断の結果,低線量の被曝の「影響を最小限に抑え、生活の質を高めるアドバイスをするのが目的」と言うのが専門家だ。
 そう言い切れる,というのは大変なことだよ。

 ――二つの事故を通して感じたことはありますか。

 「時代背景も国土の広さも経済状況もメディアの発達度も違いますが、驚いたのは二つの事故後の人々の反応が同じだったという点です。親世代の懸念や我々に聞いてくる質問内容。事故直後の怒りがやがて無力感に変わる……。捨てられ、忘れられ、差別を受けるのでは、という恐れへと変容する姿も同じでした」

 「日本にはチェルノブイリ事故の経験を福島に生かす以前に、広島や長崎の原爆体験があります。広島大学のシンポジウムに招かれて広島に行って初めて気づいたのですが、福島は広島や長崎の記憶と切り離されていませんか」

 ――どういう意味ですか。

 「45年の広島・長崎の原爆投下、その後の米ソ冷戦時代の核兵器開発は科学と技術に直接携わる人間主導で進み、市民社会は置き去りにされてきた感じがします。特に唯一の被爆国である日本は放射線災害や医療の放射線利用、宇宙からの被曝など、世代を越えて知識がもっと伝達されてきてもよかったのでは」

 「私は川をはさんでこちら側と向こう側の岸を行き来する小さな船の渡守です。チェルノブイリと福島の橋渡し。それと福島と、広島、長崎とのあいだ。まだチェルノブイリ事故の教訓は完全に総括されていませんが、これからは福島に学ぶことが多い。現代から未来へ、二つの事故の記憶も伝えていきます」


(東日本大震災3年)福島とチェルノブイリ ジャック・ロシャールさん:朝日新聞デジタル


 日本にも,主義主張はさまざまあれど,現実と向き合う専門家は,大勢いる。その際の専門家の立ち位置を,ロシャールさんに学ぶ必要がありはしないか。批判を恐れ対話を拒んだり,滅私奉公して自らを壊してしまったり。日本人として苦手かもしれないが,個人主義に立脚して発言し対話することが専門家として求められている立場なのだ,とロシャールさんは言っている。