読書感想文「わたしの台所」沢村 貞子 (著)

 1996年に亡くなった明治生まれの女優・沢村貞子の著書。いま,樹木希林没後の出版ブームらしいが,出版社の諸君!沢村貞子の再編集・復刊フェアを早々に始めた方がいい。人生へのまなざしと文書のうまさはどうだ。女優の息遣いさえ聞こえてくる文章だ。たまげるよ。一切古びてないしね。このことをどう考えるか,類い稀な才能と言ってしまうのは容易いけど,沢村貞子の気苦労の多く,そして汗する日々を厭わない性格が,身の回りのあれやこれやを文章とするための視点を鍛え上げ,名エッセイを積み重ねたのだろう。
 たとえば,男女平等を,夫婦茶碗の片方が一回り小さかった妻用が,同じ大きさになっているものを選んだことから始まる変化を語ってみたり,水をムダにしないよう水道の蛇口をしめることを若い女優に伝えるために,うるさ型の老女優と思われているだろうと案じながら苦労したとこぼしてみたり。
 日夜,生活の知恵とともに揺れる気持ちの存在を教えてくれる。沢村貞子は,昭和の頃の明治ブームと同様に,令和の時代の昭和ブームとなるのではないだろうか。

わたしの台所 (光文社文庫)

わたしの台所 (光文社文庫)