読書感想文「孤篷のひと」葉室 麟 (著)

 遠州流祖・小堀遠州である。利休,織部に次ぐ,大茶人である。当代随一の茶人としての名声を得た。では,この遠州その人,その才気に伴っての狂気,凛気,癇気を持つ天才肌の難しい人か,と言えばおそらく,そうではない。義父に藤堂高虎という格別の役割を持った人を得たため,自ずと作事の役目が周り,そのことが遠州の出番を増やし名声を与えたと言っていいのだろう。自身の美を世に問い,その美をスタンダードにせんがために革新していくような利休や織部が持った時代を変える熱気に対し,遠州とは健やかに生きることを願う茶。天下泰平の茶だという。
 これをどう読むか,天才・アーティスト・アントレプレナーの先人と,実務家の違いだと言いたい。自分の手を動かし,図面を引き,微妙な色の違い,寸分の差をとことんこだわり抜き,見たことのないモノを産み,プロデュースする者と,デザイナーやテクノロジストを使い仕組みを整え,世間の期待の少し上をゆく者との違いではないか。こんな実務家譚,私は嫌いじゃないし,小説終盤の課題解決者として仕事は見事だった。
 スティーブ・ジョブズとティム・クックの違いを思ったが,言い過ぎだろうか。


孤篷のひと (角川文庫)

孤篷のひと (角川文庫)

  • 作者:葉室 麟
  • 発売日: 2019/08/23
  • メディア: 文庫