読書感想文「空洞のなかみ」松重 豊 (著)

 あぁ,そうか。一つの道を歩んできた人には,その道すがら見てきたもの,知らずに登った山坂から見える眺めが,言葉を連ねさせるのだな。そんなことを松重豊の短編小説に思う。
 妄想とも夢の断片とも思わしき正体のわからぬ状況を,テレビや映画の「現場」のシーンを通じて,読者に提示し物語は始まる。有名俳優だもの,こんなことはあるだろうな。そんな風にカットの声が掛かるまで身構え,体や表情を動かすのだろうな。相手役やスタッフに対して,そんなことを思っているんだろうな。馴染みがある役者だけに入り口を受け入れてしまう。だが,妄想譚は,その途中から訳がわからなくなる。不安になる。どうなるんだろう。どこに落ち着くのだろう。
 そうしていても,短編である。読み進むと,キッチリとオチをつけて終わらせる。12編すべてにおいて,そう。松重豊として,このサゲで行きましたよ,と。松重ワールドとは,こんな奇譚だったのである。真面目な役柄の多い人ではある。だが,なかみはマトモじゃない人だったのだ。



空洞のなかみ

空洞のなかみ