読書感想文「読書と日本人」津野 海太郎 (著)

 我々はどう読んできたか。源氏物語の時代から,どうやって読書人たり得たのか。
 発端は,出版の危機らしい。「かたい本」が売れていないのだ,という。ほほう,そうか。じゃあ,マンガばっかり,テレビばっかり見ていた連中だらけになって,バカな世の中になったか。殺人はもちろん,青少年犯罪も減っている。栄養不良や餓死も減っている。
 本が売れた。全集が売れた。確かにそんな時代があったのだろう。読まないような「かたい本」が,ただ並ぶだけの。それはろくに飲まないような洋酒が並ぶ茶箪笥と同じように,並んでいるだけで嬉しくなっちゃう本があちこちの家庭に揃った見栄と虚栄の時代だ。
 インターネットを通じたデジタル情報に時間消費され,週刊誌や新聞が読まれなくなってしまっていることは過渡的な現象ではないか。お金を払い,信頼に足るウラの取れたやや長めの文章を読みたいという需要はあるし,取材し校正を経た記事をつくることにコストや人手はかかることは社会的に合意されただろう。ユーザー生成コンテンツ(User Generated Content(UGC)),消費者生成メディア(Consumer Generated Media、CGM)は限定的だった。この先,紙の本での読書と画面を通じた読書は,当分,両立するだろうし,デタラメな運営の図書館はテコ入れされることになる一方,デジタル図書の貸し出しも普及するだろう。
 こうした通史としての「読書」を省みる良書である。これと対になる「作文」の通史があってもいいのだろうと思う。これだけみんなが書き散らす時代なのだ。期待したい。


読書と日本人 (岩波新書)

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