読書感想文「いつも鏡を見てる」矢貫隆 (著)

 NHKの番組に「地球タクシー」というドキュメンタリーがある。世界各地の都市に出かけ,その街のタクシーにディレクターが乗り込み,その街ならではドライバーの人となりと,街が置かれた物悲しさがダイレクトに伝わる見逃したく無い番組だ。
 そんな番組を思い出さずにいられない矢貫隆の現場からのレポートである。悲哀ではない。カラカラとした,車の前席と後席のような距離感のある人間関係のタクシードライバーの世界だ。当たり前に誰しもが持つようになった運転免許証プラスアルファで就くことのできる職業であり,機転と努力と体力で一人で稼ぐことのできる商売だから,と言えそうだ。当然,多くの者がその職に就いたり,離れたりする。
 世の景気に敏感な商売だ。経済にとっての「炭鉱のカナリア」だ。世界のバロメーターの針そのものがタクシーではないか。だから,カナリアや針先のように儚く脆い。
 「いつも鏡を見てる」とは,運転席から覗き込む後席であるし,フェンダーミラーやドアミラーに映る世間である。ここに描かれているのは,そんな昭和末期から平成,そしてコロナ禍とともに始まる令和の世間だ。