読書感想文「学校に入り込むニセ科学」左巻 健男 (著)

 ときに科学はワクワクしないし,エモくない。実証・検証の繰り返しだし,事実を積み重ねていく気の遠くなるような作業だったりする。なので,結果をパッと見せてくれるような画期的な手品のような魔法のような何かに人は飛びつく。だって,楽ちんだし,すごーい!って言えるし,誰々さんも言ってるし,テレビでもネットでも見たし。
 ニセ科学が入り込むのはなぜか。インチキやテケトーやトンデモが蔓延るのはなぜか。科学リテラシーが低いからか。違うな。疑うことを知らない善人だからか。それもどうかな。いま,なんか知らんがウケのいいこと,話題になっていることをやって賑やかしになれば,それでイイと考えている発意者,意思決定者が,何となく雰囲気で決めているからだろう。
 何か,ほらアレ,テレビとか動画で見たんだけど,凄そうじゃん。何かアレだけど,熱心な人もいて,人も集められそうじゃない。催しとしてうまくいくんじゃない。と,一過性のその場さえどうにかなればイイという,その雰囲気で決まる現場にニセ科学は付け入るのだ。
 科学はときに退屈である。だが,まず大人が真剣にその基本原理と向き合うべきなのだ。そして,手品や魔法を批判的に見る「科学する心」を育てることは,焦ってプログラミング教育をさせることより大事だったりする。