Z世代の本音と不安と気分の話しだ。
世間的な正しさと自分自身の価値観が乖離するとき、経験量の少なさがどうしても仇になる。「折り合い」の付け方、自分の機嫌の取り方、感情の発露の仕方、吐き出してしまっても大丈夫な友人・知人の存在などなど、過ごした時間の長さではなく、どんなことをどれだけの人たちとどれほど場数を踏んできたかというその量が、揺らいで見失ってしまいそうな自分自身の軸を保つために大事である、ということだ。
いまのオジさんたちの世の中は、やがて終わる。現役の「オジさん的価値観の人たち」の方が少数派になっていくんだから、当たり前にそうなる。なので、Z世代にとっての「正しさ」や方法が、当然、世の中の主流派になる。それは、残ったオジさんたちには、劇的な変化となって現れるのだろうし、受け入れ難く思う人も大勢出てくるだろう。居場所を失って虚になるのは、オジさんの方だ。そのとき、彼らは自身の抱える戸惑いを言語化できるだろうか。そんなオジさんたちを相手に文通屋さんを起業してもイイのかもしれない。
