ハウツー学芸員である。
アートとは見識である。ものの見方である。現実に存在するアート(プリントされたり、画面上に映し出されたりしている状態かもしれないが)は、なぜ価値あるものとして我々の目の前にあるのか?その価値足らしめているのは何なのか?を歴史的文脈を含め理解する知識があってはじめて見ることができるのである。なので、アートとは、ウワースゲーとだけ言っても構わないのだけど、本質は教養である。
アートをメインに担うのは学芸員だ。かつてどんな地方都市にも百貨店があった時代には、百貨店の催事場でアートを展示したものだが、いまは、かつて百貨店の外商さんを窓口に百貨店を支えたお金持ちは容易く東京へ出かけるようになった。なので、首都圏を含め、一般の方々にとって美術館が頼りである。ちなみに、何でも屋の本邦の学芸員に対し、アメリカの美術館には、キュレーター(展覧会の企画・作品の研究)、レジストラー(作品情報の管理(展示・出納・修復の記録))、ハンドラー(作品の取り扱い(梱包・展示))、エデュケーター(教育の普及)、ライブラリアン(美術館の蔵書管理)、コンサバター(作品の保存修復)といったプロフェッショナルによる分業制だという。さもありなん。
バカな新自由主義が跋扈し、緊縮縮小を繰り返してきたおかげで、「採算がとれるかどうかだけで判断すると、どこも文化事業に手を出さなくなり、結果的に日本がどんどん文化後進国に落ちぶれていくことになります」という学芸員のセリフが現実化してきている。やれやれ、困ったものだ。だいたい、「たぶん美術館に足を運んでくれる中心層と新聞読者は親和性が高いのでしょう」と学芸員が言っているが、新聞を読まない層を巻き込めないでいるとホントに危うい。
最後に、貴重なアドバイスがあった。「作品を見ていると、自然と頭の中にアイデアや言葉が浮かんできたり、ふとした疑問や感想がわいてきたりしませんか。それを頭の片隅に残しておきながら、他の作品を見るのは大変です。一つの作品に触発されて浮かんだ言葉は、泡のようにすぐに消えてしまい、次の作品を見る時にはまた別の言葉が浮かんできます。(略)感想はなるべくその場で、思い浮かんだ瞬間に、パパッとメモ帳に書き留めておくことをおすすめします」。そうなのだ、我々は小さなメモと鉛筆を片手に展示室に入るべきなのだ。
日本博物館協会が行う「美術品梱包輸送技能取得士認定試験」(1〜3級)を受けた運送屋さんが運んでくれた作品と出会うために。
