柔らかさや温もりをいだいた5編の短編集だ。
生物や天文、地学、動物、科学史といった、決して最先端ではなく、むしろ労力と地道さが必要な科学の現場を横糸に、地方を舞台とした少し寂しい風景を描いた。
情報科学と金融工学が進み、気持ちや気分を動かすことで世の中の富の行方さえ科学の力で左右できるようになっちゃってる今、直木賞の選考委員が「ビッグテック」ではない、ほどほどの科学の大事さや、科学って案外いいものかもと思わせるこの本に期待した部分があるのではないだろうか。現実のシリアスさや騙し合い、妬み、緊張、まやかし、誤魔化し、虚言妄言などを駆使しインチキやでまかせで世の中をどうとでも弄っている権力の現実をさらにフィクションやファンタジーでパンパンに膨らませる話しはいくらでもある中、誠実さや儚さをベースにしたこの本を、結果として、賞レースにおいて、いま、評価しておきたくなったという事象に注目せざるを得ない。
ニュース原稿を音声AIが読み、特撮はCGで使わないことの方が珍しく、自動運転を含む次世代自動車を開発し続けられない自動車メーカーが市場から淘汰されようとしている時代にあって、研究者や愛好家が現場に足を運び、対象を直接、観察したり発見したりして「汗する」科学の価値を説いたことへ共感が集まった、ということなのだろう。
