結局、生き残っているのは池上彰だ。
さまざまなテレビ出演者が冠番組を持ち、ニュースショーやワイドショーのMCをやっているのだが、そこは栄枯盛衰。その人本人のトラブルや健康問題、移籍などなど一時代を作ったかと思った方も、いつの間にかいなくなっている。そんな中、池上彰はまだ最前線にいる。なぜか。池上彰は、いかにウケるかよりも、伝える「相手」をとことん意識し続けているからだ。
池上彰は、アナウンサー出身ではない。記者だ。駆け出しの頃、現場リポートで悩んだ。どんなことをどんな風に喋るとよいのか。結果、「こんなことがあったんですよ。あなたの生活にこんな影響が出ますよ」を意識した。「相手は何を一番に知りたいのかな。次は何かな」と組み立てて話す。つまり「相手は何を知りたいんだろう」と常に意識することだ、という。
これは多くの社会人にとって有益な視点だろう。大抵の人は、自分の話したいことを喋る。本来、互いの間にある空間を言葉で繋ぐことが目的なのだが、その空間を自分の言葉で埋めてしまえと詰め込み、あたかも領土をぶんどるようなことをしてしまう。それでは、ダメなのだ。
オチを意識して会話を成立させることだ。シチュエーションを含めて話すのなら、池上彰が行った「即時描写の訓練」は効き目があるだろう。「電車での通勤途中など日常の空き時間に、「いま中継することになったら、何をしゃべろうか」と頭の中で文章を組み立て」「周囲の情景を言葉で表現してみる」ことだ。現場に置かれた自分自身とその周囲の環境の観察力が養われるのはその通りだろう。
池上彰は「わかりやすさ」とは何かと格闘してきた、と言えるはずだ。曖昧でわかった風に済ます世間へ疑問を投げ続けてきたと言っていい。公式な発表に対し「わからなさ」を表現し伝える「異物」が重宝されてきた、とわかる一冊だ。
