GT(ゲンイチロー・タカハシ)ことゲンちゃんは寂しいのだ。
人が亡くなって「いなくなる」。そのことがただただ寂しいのだ。
そして、そのことを我が国のチョー天才・鶴見俊輔を引いて、そして引いたことをアウトラインにしながら、いなくなることについて論ずる。
人がいなくなることを受け止めること、そのいなくなることの実況プレイを、ゲンちゃんが他人目線ではなく、我がこと、自分の肉体を通して言葉にしていく。なので、そこには鋭利さよりもトツトツとした浮遊感を伴った言葉が連なる。
結局、「トシちゃん」について、書いておかねばならなかったのだ。作家以前も作家以後も、「トシちゃん」との間にあった距離と、幼い「トシちゃん」を世話する子どものゲンちゃんを回想する。そうすることが、「トシちゃん」を見送ることで相当参ったゲンちゃんの持って行きようのない心の痛みとして、この本を為した。
それにしても、だ。「70歳」前後を目安にして、「老人」たちは少しずつ「社会的な死」を迎えるのだ、とGTに言われてしまった。必要がなく、役割がないと言われるときまで、もう、そんなに時間がない。悠長にしてはいけない。あっという間じゃないか。
背筋がシャンとなった。
