「ヒカルの碁」に見るオープンシステム−塔矢行洋が欲しければ門戸を開放しろということだ


 漫画「ヒカルの碁」をゴソッと手に入れる機会があり,再度読んでいる。面白いやねー。漫画はこうでなくちゃ。泣けるよねー,気持ち入るよねー,グッとくるよねー。
 と,まぁ,イイものはイイわけだが,主人公・進藤ヒカルの終生のライバル,塔矢アキラの父ちゃんで,名人など4冠のまさにトップ棋士・塔矢行洋が「勝手に」日本棋院のプロ棋士を辞めてしまう。その理由とは,実は世の中の仕組みをオープン化せよ!を言っているのであり,時代に適合しないことの警鐘を鳴らしているのだ。
 まず,次の引用は,「週間 碁」の編集長が,オープン化に気づき,口走るシーンだ。


記者A )拘束のない
    フリーの碁打ちに
    なりたかったんだろ?
    そして
    出場できる
    棋戦に出る−−と
記者B )でもオレは
    名人戦
    塔矢行洋を
    見たいね!

    塔矢行洋といえば
    やっぱり
    名人戦だろ!

記者C )ムチャ言うな
    引退した棋士
    出場資格はないぜ
編集長)その規約を
    変えちまったら
    どうだ?

記者C)え?

記者C)編集長?

編集長)日本棋院関西棋院
    棋士でなくとも
    参加できるように
    なればいいんだ
編集長)名人戦だろうが
    何だろうが

記者B )韓国棋院棋士
    中国棋院棋士
    アマチュアもですか?
記者C )ムチャな!
編集長)ムチャか?

編集長)そうしたら
    塔矢先生は
    参加してくるんじゃ
    ないか?

    日本棋院棋士
    としてではなく
    フリーの塔矢行洋
    としてな

編集長) 塔矢行洋が
     欲しければ
     門戸を開放しろと
     いうことだ


p.78〜79 「ヒカルの碁 21 北斗杯会場へ」

 この場合,塔矢行洋とはキラーコンテンツないしキラーアプリ。その存在が最大の集客を集めることを自分自身が意識し,自己の目的をより高度な次元で実現させるため,これまで自分を育てたプロプライエタリの世界を放棄し,オープンシステムに身を投じたと言って良いだろう。
 塔矢行洋は,引退によって得た自由により目的どおりの「強さ」を得た。それは韓国と言うより強固なマーケットにおいて「招聘」という賛辞と「強さ」の証しを得ることになり,また,それがさらなる強化への道となっていく。


徐彰元) 塔矢さん

徐彰元) 引退して
     変わられ
     ましたね?

塔矢行洋)自由な時間が
     増えたおかげで
     好きに生きている
     それだけです

徐彰元) …………


p.113〜114 「ヒカルの碁 21 北斗杯会場へ」

徐彰元) 私もまた
     思っています
     あなたは以前より
     強くなっていると
塔矢行洋)嬉しい
     ですね

塔矢行洋)引退した
     今
     強さだけが
     私の
     プロとしての証
     なのですから

徐彰元) 塔矢さん
徐彰元) 私は あなたを
     客員棋士として
     迎え入れるよう
     韓国棋院に働きかけて
     みるつもりです

塔矢行洋)客員棋士
     −−−−

徐彰元) もし認められれば
     あなたは韓国の
     どの棋戦にも
     自由に参加できる
徐彰元) どうです?

塔矢行洋)願ってもない
     !
     望む所
     です!


p.116〜117 「ヒカルの碁 21 北斗杯会場へ」


 これの結果とは,当初から見えたいたのか。地位はともかくも強くなるためには必要なプロセスととらえていたようだ。


塔矢行洋)一度
     口にしたことは
     守る
塔矢行洋)今度の
     十段戦第5局を
     最後に
     私は身を引く
     つもりだ

進藤ヒカル)だからっ
      そんなムチャを
      いわないでっ
      てば!
塔矢行洋)引退は
     私にはそれほど
     重要なことでは
     ないよ

塔矢行洋)むしろ
     いい面もある
     棋士という立場に
     ついてまわる
     しがらみや義務も
     少なくなろう
     つまらぬ取材も
     受けなくてすむ

塔矢行洋)碁が
     打てなくなる
     わけじゃ
     ないんだ

塔矢行洋)私には
     この身が
     あるのだから


p.86〜87 「ヒカルの碁 14 sai vs toya koyo」

倉田厚 )だけど先生
     「引退しても
     碁は打てる」
     と言われるけど
     オレはやっぱり
     ナットク
     いかないな
     だって
     タイトル戦の
     空気の中でしか
     培われないものって
     あるでしょ?

塔矢行洋)倉田くん
     キミやアキラは
     確かにその通りだ
     競技の中で
     学ぶものは多い
塔矢行洋)しかし私にとっては
     つまらぬしがらみから
     解放されことや
     往復に2日も
     費やさねばならぬ
     地方対局が
     なくなることの方が
     正直ありがたいね

倉田厚 )ハハ!
     これからは
     先生はこの家に
     いるだけで
     対局相手の方が
     やってくるって
     ワケですか
     このオレの
     ように

p.175〜176 「ヒカルの碁 14 sai vs toya koyo」


 レガシーアーキテクチャーに固執していると,「しがらみ」や「義務」の増加や,それに伴ってリードタイムが長くなると言っている。あえて破壊や変革に挑み続けなければ,成長や進歩が停滞する,ということだ。


記者A  )と……
     塔矢行洋先生が
記者A  )中国の
     北京チームと
     契約したそうです

天野記者)北京
     チーム!?
天野記者)中国の
     団体リーグ戦に
     所属してる
     あの
     北京チーム!?

記者B  )団体
     リーグ戦
     ?
記者C  )日本の
     J リーグ
     みたいなものが
     中国の囲碁界に
     あるんだよ
天野記者)韓国の
     トップ棋士
     契約してる
     チームもあると
     聞いてはいるが…

天野記者)そうか
     塔矢先生は
     引退した今
     日本の
     棋戦スケジュールに
     縛られることが
     なくなったんだ!
天野記者)中国の契約金は
     日本人にしてみれば
     安いものだが
     塔矢先生には
     世界の強豪にまじる
     魅力の方が勝るに
     違いない!


p.85〜86 「ヒカルの碁 17 なつかしい笑顔」

 そう,ここで天野記者は気づいたのだ。より強くなるためには必ずしも現在,待遇がいい場所に留まるのではなく,より競争がはげしく成長著しい場所が必要なのだ,と。
 「ヒカルの碁」において語られる塔矢行洋引退のエピソードとは,冒頭に引用した編集長のセリフ「塔矢行洋が欲しければ門戸を開放しろということだ」につきる。閉じた世界では強くなれない,つまり,「最強のコンテンツ・アプリケーションを使いたくば,システムをオープンシステム化しろということだ」となるのだろう。


 この漫画における関西棋院の秘蔵っ子・社清春の父親に見るマーケットの再生産と世代交代というテーマも機会があれば,書いてみたい。


ヒカルの碁 14 (ジャンプコミックス)

ヒカルの碁 14 (ジャンプコミックス)

ヒカルの碁 17 (ジャンプコミックス)

ヒカルの碁 17 (ジャンプコミックス)

ヒカルの碁 21 (ジャンプコミックス)

ヒカルの碁 21 (ジャンプコミックス)