読書感想文「料理と利他」土井善晴 (著), 中島岳志 (著)

 食材を食事に加工するプロセスである料理とは何か。
 清潔,安全であり,味であり、見た目であり、量であり、栄養であり、食べやすさである。本来、腹が空いて食うものである。なので、カロリーメイトと牛乳と果物があれば生きていける。お腹を壊すこともない。
 だが,三度三度の食事をちゃんと摂ることを意識しだすと大変だ。ちゃんととは何か?の壁にぶつかるからだ。途端にみんなが悩みだす。美味しくなくちゃ、キレイじゃなきゃ、いろいろなきゃ、…etc。そして料理が苦しくなる。
 そんな皆んなに土井は「ええ加減でええんです」と言ってくれるのだ。泣いてすがりつきたくもなるだろう。「ちゃんとする」ことの物差しを自分に当てはめ、「できていない」と自分へ評価を下す。
 カロリーメイトと牛乳と果物でも、手を洗い、気の利いた皿に盛り、趣きのある器に注ぐことでちゃんとした感は出る。料理なんて加工である。加工プロセスや調達という作る作業が負担で辛いならば、食べる作業に入るときに生活の折り目をつける。そういう「ちゃんとする」ハウツーを導入し、「作る」自分から「食べる」自分たちへ気を使ってるふりをするだけでもいいじゃない。それも利他じゃない。そんな対話である。


読書感想文「黒田官兵衛―知と情の軍師」童門 冬二 (著)

 官兵衛は軍師であった。だが,軍師であり続けたわけではない。そして,秀吉にとって軍師として重用はされたが,決して一切を委ねられたわけではない。
 配下の者ではあったが,それはスタッフとして立場であって,ラインを統べる立場ではなかったのだ,と童門冬二は言う。官兵衛はライン長を志向した。武将としての一国一城の主だ。黒田家臣団も永続させなければならない。
 官兵衛のエピソードの多さと栄達と評判が,3英傑に対して「軍師・官兵衛」と呼ばせた。そもそも,知略・軍略において秀吉が官兵衛を上回っていたのは間違いなく,果たして軍師というポジションを秀吉が必要としていたかは怪しい。それは後の時代の者が孔明に倣い呼んだに過ぎないのだろう。
 軍師・参謀とは何か,その答えはおそらく無い。「誠実,堅実,合理的で注意深く,根はまじめ,私利私欲なく,知性についても見識を持ち努力していた」という人柄がただただ,運を呼び寄せ地位を築いたと見るべきなのだろう。


読書感想文「コロナ対策禍の国と自治体 ――災害行政の迷走と閉塞」金井 利之 (著)

 災禍に向かう政府は,中央であれ地方であれ「失敗」する。なぜか。金井は言う。「災害とは,行政に対する需要を増やし,行政による供給を減らす。基本的に災害対応を行う行政は,失敗が運命づけられている」。
 シニカルな金井節か,とも受け取られようが,「COVID-19対策は,結局,保健福祉介護当局,保健所,介護施設・介護従事者,病院,医療従事者など,実務家が粛々と行うしかない」。「現場では無力な為政者や非現場型専門家は,実務の基盤を整備できるだけである」。ここに金井が言うコロナ禍とコロナ対策禍の本質がある。現場がどれほどコロナ禍に立ち向かっていたところで,実務の基盤を整備するはずの為政者や非現場型専門家によるコロナ対策が不十分だったり見当違いだったりすれば,それは「コロナ対策」による禍,すなわちコロナ対策禍となる。
 短期集中・人命救助救援型の災害緊急対応や復旧対策が,果たして大規模蔓延の感染症対策に当てはめることができるのか。同時代に,これほど世の中を論評してみせた金井の冷静な視点は,もっと知られていい。



読書感想文「女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち」 ブレイディ みかこ (著)

 これを読み通すのは,相当の政治マニアではないか。労働組合の専従職員なら読むか,政経学部でも、院生はともかく学部生なら面白がって読むのか。政党機関紙の配達員なら嬉々として読むのか。マニアックである。ゆえに読むには気合と体力が必要だ,と言っておこう。
 読者層は,新聞の国際面もちゃんと目を通す人である。衣食住そして移動,通信,娯楽といった生活の全てにおいて,原料や素材,加工,流通,そのあらゆる段階においてグローバル化している中,新聞の国際面は読まれて当然である。報道機関としては,そんな意義深いニュースを「伝える」ために,「受け取ってもらう」ことを意識し過ぎて,単純化・エンタメ化してしまう。そんな努力もむなしく消費されてしまうのが国際ニュースの性である。なので国際ニュースは,意識高い系すら成立しない。マニアの世界である。
 ブレイディみかこは,人を描く。右左から上下の対立の時代に,長く「改革」として称して掲げられたのは,馬鹿げた財政均衡主義であり,その正体とはただの新自由主義に過ぎなかった。その衣を脱ぎ捨てさせることを意識しているブレイディみかこが,こうして世界の人たちと政治家(パワー)のシーンを描き出している。そんな世界の今ぐらいは,この本でわかっておいていいだろう。


読書感想文「小説 黒田如水」童門 冬二 (著)

 後悔をする男・黒田如水である。
 何せ「天下一鋭い頭脳の持ち主」である。ほぼほぼバカにしてるのか?と聞き返す称号だ。だが,本人にもその自覚がある。ヤレヤレ。
 如水は小早川隆景にこう言われる。「如水殿は頭がよすぎる。そのため,決断が早い。それに引きかえ,私は考えに考え抜いた後,やっと一つのことを決める。そのため,私自身は自分の決めたことに後悔するということがない。ところがあなたは,あまりにも決断が早いために,しばしば後悔されている。やはり,決断には沈思が必要でござろう」。
 勘働きがいい者とは,答えや解決方法が見えてしまう。それを言われた方は,そうなのだろうとは思う。ただストンとは落ちない。だから,勘働きがいい者は焦れったくなって余計なことを言い,いらぬことをしてしまうのだ。言わなくてもいいことを言っちゃったことで後悔するのだ。でも、頭の中に次から次へと言葉が浮かんでしまう。口に出して気持ちよくなりたいし,スッキリしたいのだ。
 度量や器量が、第一人者の必須項目だといま一度教えてくれる一冊である。


読書感想文「小説土光臨調―中曽根政権への道」 牧 太郎 (著)

 歴史を学ぶべきである。
 1980年代,「メザシの土光さん」はスターであった。スターは,スターと呼ばれ期待される振る舞いをするからスターなのであって,庶民はそもそもスターがなぜ,スターと呼ばれるようになったかは知らない。
 土光は,つねづね政治に金がかかりすぎるともらす。とは言うものの,当然のように金を無心に来る政治家はいやだが,保守党は育てなければならないとの判断基準を持つ。なので,目指すは,財界復権であり,「政低財高」である。
 行政改革がモットーになったのは,いつか。大勲位中曽根康弘が鈴木内閣で行管庁長官になり,中曽根が言う臨調が政治的アピールにつながると鈴木首相が判断したことによる。財界トップのミスター合理化・土光敏夫への会長就任要請にあたり,土光は臨調メンバーの財界比率アップに加え,4条件「①増税なき財政再建,②答申を必ず実施,③国・地方通じての行革,④三公社の民営化」を出した。
 清貧と明治人の気骨という土光のキャラクターと,テレビ受けする「敵・味方」の演出は効いた。国民は行革ムードに乗った。それは,後の政権交代だったり,小泉純一郎フィーバーだったりでお馴染みの光景ではある。
 こぞって土光を持ち上げたが,このときの「成功体験」がその後の日本を呪縛している。鈴木内閣の後半に「行革のデフレ効果が,景気の低迷を助長することは,当初からわかっていたが,それにしても,不況は底知らずで,失業率さえここ数年で最高の2.48%に達している」との認識は当時からあったにも関わらずだ。
 土光とはコストカットによる再建屋である。中央銀行を中心とする金融による信用創造機能や財政支出による成長率寄与まで,理解が及ばない。なので,(法人)増税なき「財政再建」となってしまうし,「赤字国債依存体質からの脱却」がスローガンになる。行革か景気対策かの選択ではない。行革なんてものは不景気なときにやるものじゃないんだ。
 わが国の蹉跌が,スター礼賛にあったと確認できる一冊である。単なる政治小説として読むのはもったいない。



読書感想文「世界最高のチーム グーグル流「最少の人数」で「最大の成果」を生み出す方法」ピョートル・フェリクス・グジバチ (著)

 組織開発,チームビルディング,マネジメントの分野においてベストの1冊である。
 大袈裟なタイトルである。しかも「グーグル流」の文字が並ぶ。自分には参考にならないのでは無いか,世界の最高峰の知性が集まる大企業の事例を知ったところで役に立つのか,と尻込みするように感じてしまう人も多いのでは無いか。もったいない。そんな思い込みは捨ててページを開くべきだ。
 「心理的安全性」,「ワン・オン・ワン」,「良質な会話」,「チーム時間」など,いくつかポイントとなるキーワードが出てくるが,これらには,グーグル社内で,1万人規模でマネジャーの役割や仕事に関する調査の結果に裏打ちされている。
 本書の中で何度も否定される「グーグルだからできる」という言い訳。組織を明るく,開放的に,生き生きとしようと思えば,愚痴や否定に時間を使っている暇はあるまい。仏頂面をやめ,メンバーに耳を傾けるのだ。コーチとは何か。プレイヤーを,チームをどうしていきたいのか,真剣に考えアクションするのだ。