読書感想文「おっさんの掟: 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」」谷口 真由美 (著)

 胸糞悪くなって最後まで読み通せるだろうか。途中,本当にそう思った。
 モノカルチャーホモソーシャルな組織運営,グロテスクな上意下達な縁故主義,バカバカしいくらいに不明瞭な意思決定。あー,ダメだ,こりゃ。しかも,まだまだ,存命どころか現役の方々の実名入りでの文面,アウトサイダー視点ではあるけど渦中の人による渾身のルポ。ヒヤヒヤものだ。だが,やがて考古学的に掘り起こされるのではなく,この同時代に起きた始末を共有することは大切だ。
 谷口が組織の壁に跳ね返され「負けた」のは何故か。その一方で,川淵三郎JリーグBリーグを成功させることができたのは何故か。ケンカの仕方である。徒党を組んだ相手の大将首をガツンと撥付け,その子分どもを意気消沈・戦意喪失させ,牛耳ったかどうかだ。頼まれて,絆(ほだ)されて,引き受けざるを得なくなった谷口は気の毒だが,「大義」を掲げて世論を味方につけ,たとえ勝てなくても,負けないことためにできることはあった。
 おっさんは邪魔をし,露骨に足にを引っ張り,無視をしただろう。だが,そんな小物の連中に負けないしたたかな戦略と精神的なタフさを維持するための精神的な兵站を確保できないまま,戦線に飛び込んでしまったツケが生んだ結果でもある。谷口の敗戦から我々が学び取る教訓はそこにある。


読書感想文「新プロゼミ行政法 「3つの手続」で行政法の基本を学ぶ」石川 敏行 (著)

 ジョークのわかる人間は大切だ。もちろん,ジョークを思いつく人間がいてこそであり,この本は石川節のジョークが冴えわたる。
 この本の性格は,「ザ・行政法読本」なのだが,著者のカラーや思い(気分,感情)が多分にこもっている。そう,石川先生の全身性が紙面に表現されている。いわば紙面ライブなのだ。頭で考えたことを並べただけの教科書じゃない。実際に,教える現場からの中継なのだ。なので,教え方の工夫が凝らされる。それは,身体技能の習得のコツを伝えることととても似ている。通り一遍じゃ伝わりにくいことだったり,ひたすら量を暗記して答えられるようになることじゃなく,「わかった!」と思わず口に出てしまう体験が得られるはずだ。
 法律や法律どうしの構造をわかってもらおうとすること,原義や英語やドイツ語の原典を示して理解につなげようとすることなど,石川先生のサービス精神があふれる。闇雲に覚えることが多かった行政法の世界が違って見えるようになる人も多いはずだ。行政法を学ぶ者は,いつでも眺められるように書棚の手に取れる場所に置くべき本だ。


読書感想文「つかむ・つかえる行政法」吉田 利宏 (著)

 吉田法令本だ。面白いゾ。
 法令をわかっている人だ。元衆議院法制局の人なんだから当然だろ,と言いたいアナタ,ちょっと待って。わかってることの深さなのだ。ストンと腹落ちしてるからこそ,多角的に説明ができる。その吉田の最大の強みは,例えツッコミ…じゃなかった例示の想像力だ。これが出来そうでできない。教科書を読むと名詞である専門用語が普段使わない動詞とともに文章となる。それをこうかな,あぁかなと言葉を頭に浮かべ,飲み込むように頭に入れる。覚えるプロセスは,そうなってしまって構わないのだが,いざ自分の言葉で説明できるか?となると,案外できないものだ。さらに,誰もが具体的にイメージできる卑近な例で説明できるか?その際の吉田の例示が面白い。
 法令を学ぶ人は,吉田法令本はひと通り揃えて副読本にするといい。学習中につまずいた際,別の説明や解釈の仕方,違った見方はないのかと思った時に一連の吉田法令本を開くといい。こうした深い理解があれば,目の前の現実に置き換えて考えることができ,法令学習はエモくなる。


読書感想文「私は合格する勉強だけする」イ・ユンギュ (著), 岡田 直子 (翻訳)

 勉強してますか?
 豊穣かつ滋味深く奥行きのある知識と教養を持った人間になるための学びの話しではない。試験勉強だったり資格取得のための勉強の話だ。なので,イ・ユンギュは言う。むやみに一生懸命,勉強する必要はない。満点や高得点を取るためじゃなく,合格するためのレベルに適う状態に持っていくためだけの勉強でイイのだ。時間は有限だ。必要以上の勉強は,満足感はあっても,時間と労力のムダなのだ。
 だからこそ,合格というゴールに向けた強い決意と覚悟が問われる。ある?そして過去問題集だ。これは,出題者からの手紙なのだ。返事としての解答というアウトプットを行うのだ。そして,そのために解説書であるテキストを読むというインプットを行うのだ。インプットをし続けたところで,評価されるのはアウトプットした結果に過ぎない。正しいアウトプットとは,水泳のようなものだろう。体を浮かせ,足を底に着けず,水を飲み込んでしまわず息継ぎをし目標の距離を進むだ。コツの伝授や基本的なアドバイスは受けるだろう。だが,泳ぐのは自分だ。だから,どうして泳げるようになりたいのか?どんなふうに泳ぎたいのか?どこまで,どんなスピードで泳ぎたいのか?を自分に問うことになる。
 目標は明確であるべきなのだ。勉強することは目標じゃない,手段だ。畳の上でどれほど練習したからって泳げるわけじゃない。日頃から水中で泳ぐというアウトプットが欠かせないのだ。
 勉強する全ての人がスタートするに当たって読む本だ。


読書感想文「老人ホテル」原田ひ香 (著)

 底辺や逆境を描かせると原田ひ香は本当に強い。
 今回は,生活保護からの脱却がテーマだ。受給することは権利である一方で,受給者世帯であることは世代を超えて受け継がれてしまいがちなものだ。なぜか。条件が揃った時に,抜け出すための生活様式を学ぶ機会を持てずじまいだからだ。そうした知識の習得や経験を経ず,欠落を抱えた時間というネガティブさを引き継がないための「きっかけ」がいる。それは生きる知恵や教養の類いばかりでなく,内在する意思や種銭だってそうだ。
 司馬遼太郎は,かつての小学校では先生が子どもたちに鼻のかみ方やケツの拭き方を教えていたと書いていた。そうした作法や手習いの類いが日常における文明だとして,教師自身がそのことを教えるものだとして意識していたということだろう。日本に生きているからといって,必ずしも,文明的な自律した生活を送っているとは言えない。単に物質に埋もれているだけだったりするものだ。
 それとともに,生きるための決意の大事さをも,あらためて思わせてくれる一冊だ。


読書感想文「自分の仕事をつくる」西村 佳哲 (著)

 静かな,そして熱い本だ。仕事において,本質をつくるための試行錯誤である。
 登場するそれぞれの人にとっての仕事への目線と方法論だけど,ライフハックの開陳でもなく,ノウハウの伝授であったりでもない。じゃあ何だ。その仕事をしようとするキモは,案外,その仕事に直接,手をつける前の(意識しない)工程にあるんだよ,となる。つまり,「見当をつける」段階である。いわゆる見極めの段階と言っていい。実は,そこで,あなた自身が問われる。あなたはどう考えるんだい。お前さんが思う「いい仕事」「いい生き方」ってのは,何なんだい?
 今は違和感を抱えながらも,空かせた腹を満たすのが精一杯の毎日かもしれない。だが,ふと立ち止まって,ホンモノって何だろうな,と自分のちっぽけさに気づいちゃったとしても,その等身大の自分でどう勝負しよう。経歴や肩書きじゃなく,全てをとっぱらって固有名詞の自分で生きてやろうと思うとき,「やり甲斐のある仕事」「やる意味を感じる仕事」を自然と考えるだろう。
 腹を括ろう。レッツ・ワーク!


読書感想文「新・哲学入門」竹田 青嗣 (著)

 先端を行くカッコイイ現代的な相対主義哲学とのサヨナラ宣言である。
 著者は相対主義なんて,そんなの哲学の本質じゃないじゃん,哲学の本義は普遍認識を目指す普遍洞察なわけなんだから,概念と論理を突き詰めなきゃ,という。近代市民社会は近代哲学がウラ書きした訳で,大戦争という近代社会の躓きがあったからと言って,近代哲学そのものの否定に走った現代哲学(独断論相対主義)の指向性について,何やってんだ,本来の近代哲学の「原理」から外れてんじゃんと批判すべきだっただろ,現代哲学はむしろ現実に迎合してんじゃん,何言ってんじゃんよ,と言うのだ。
 「価値観の多様性」だからと言ってどんな制度が実装されたっていいわけじゃねーよ。じゃあ絶対専制社会を並列に置いて肯定することがあり得るか?そーじゃねーだろーよ。「自由な社会」があるからこそ,価値観の多様性が担保されるんだろ,とね。ポップでオシャレなポストモダン思想が流行したって構わない。だが,それは近代哲学がかたちづくった万人に自由と価値の多様性が保証する社会システムあってこそだ。
 哲学の本だ,言葉と理屈だから繰り返し読み通すことが求められる。だが,第1章を何度もめくることで著者の主張はわかる。暴力とマネーが世界を支配しようする現代への危機意識なのだ。ちゃんとしよーぜ。ちゃんと考えよーぜ。