読書感想文「木挽町のあだ討ち」永井 紗耶子 (著)

 江戸の名手である。
 とくに町人、悪所を書かせたとき、この人の右に出る者は何人いるだろうか。まるで、暖簾の向こうで見てきたようまちの風情を描く。たいした筆力だ。ただただ恐れ入る。
 大団円を迎えるまで、地味なシーンに時間を掛ける。それには理由があるし、そこがいい。何かが起こった後の話しなので、基本、何も起こらない。こうだったああだったということになる。でも、前に進むことだけが今を生きるということなのだろうか。振り返りを続けることでかえって今が明瞭になることもあるのではないか。そうして見えてくる今とは、なぜ、こうした今があるのか、という理解が進んだ今であり、「腑に落ちる今」を手にいれるということだ。
 アイデアの勝利、発想がすべてと言われるかも知れない。しかし、読者として、ジリジリとした時間を江戸の風の中て過ごさせてもらったことに感謝したいし、そうして読者を信じて筆を進めた胆力を讃えずにはいられない。
 全六幕の章立てだ。六夜連続の講談ものとしてかけてみる噺家はいないかね。