自民党・新憲法草案と地方自治


 はじめにお断りしておく。
 この投稿は,特定の政党その他の政治的団体又は特定の内閣若しくは地方公共団体の執行機関を支持をするものでも無く、これに反対する目的も無ければ,公の選挙又は投票において特定の人又は事件を支持しないし、これに反対する目的も無い。
 もう一つ,以下,長文注意。


 昨日5月3日。憲法制定60周年。当然,盛んな議論や提案が期待されたが,踏み込んだ印象がない。50周年のときのほうがリアルさがあったように思う。それでも,新憲法制定促進委員会準備会なる団体が「新憲法大綱案」を発表したとの報道もあったが,大綱案では,まだ議論の対象ではない。
 それよりも,国民投票法案制定のカウントダウンが迫っている中で,公党が用意した唯一の条文形式の案についての議論が不十分ではないか,と思われる。私は,昨日,この点での議論が深まる日かと思っていたが,そうではなかった。人が議論しないと言っても不毛なので,地方自治に関して書く。これ以外は手に余る。


以下,草案原文はこちら。

<自由民主党 新憲法草案> H17.10.28


<現行>
地方自治の本旨の確保)
第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

<新憲法草案>
地方自治の本旨
第九十一条の二 地方自治は、住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自立的かつ総合的に実施することを旨として行う。
2 住民は、その属する地方自治体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を公正に分任する義務を負う。

※ 新地方自治法において新たに追加された条項が,「立憲主義」のもとに憲法に規定されるものと受け取りたい。地方自治について,たまたま今回追加された項目としてではなく,今後の改正によっても侵すことのできない条項だ,との姿勢なのだろう。


<新憲法草案>
地方自治体の種類等)
第九十一条の三 地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括し、補完する広域地方自治体とする。
2 地方自治体の組織及び運営に関する基本的事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律で定める。

※ 二段階自治憲法にて初めてうたうことになる。ただ,今後の分権論議に向けて,地方の独自性発揮や柔軟性をもった地方自治を考えるにあたり,憲法でこれを規定してしまうことが果たして妥当なのだろうか。
 第九十一条の三 2項,これは現行憲法と同文にてスルー。

<新憲法草案>
(国及び地方自治体の相互の協力)
第九十二条 国及び地方自治体は、地方自治の本旨に基づき、適切な役割分担を踏まえて、相互に協力しなければならない。

※ 地方自治法第1条の2第2項では,「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない」と国に対して,一方的に義務を課しているのに対し,この憲法案においては,「相互に協力」を課している。もちろん,地方自治体は,国の統治機構を超えて存立するわけではないものの「地方自治の本旨」により自主行政権の行使が可能であるのに対し,これでは,憲法に基づいて,地方自治体は国への協力が義務化される。つまり,国と地方との間における紛争は,この草案では憲法違反となるのではないだろうか。


<現行>
地方公共団体の機関)
第九十三条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

<新憲法草案>
地方自治体の機関及び直接選挙)
第九十三条 地方自治体には、法律の定めるところにより、条例その他重要事項を議決する機関として、議会を設置する。
2 地方自治体の長、議会の議員及び法律の定めるその他の公務員は、当該地方自治体の住民が、直接選挙する。

※ 「明瞭さ」が売りの新憲法草案なのだが,現行憲法において地方公共団体の「議事機関として議会を設置する」としているのに対し,「条例その他重要事項を議決する機関」となっている。議事機関と議決機関。意地悪く言うと,地方議会は「議事なんかせんで,議決だけしてりゃー,いいのよ」となるのか。「議決するためには,当然,議事があるのだ」。然り。「議事の中には,議決を含む」。然り。だが,地方自治法第98条,第99条,第100条の地方議会の権能が,憲法において保証されないことになりはしないか。「議事」と「議決」の国語辞典的な言葉問題ではないと思う。

<現行>
地方公共団体の権能)
第九十四条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

<新憲法草案>
地方自治体の権能)
第九十四条 地方自治体は、その事務を処理する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

地方自治体の財務及び国の財政措置)
第九十四条の二 地方自治体の経費は、その分担する役割及び責任に応じ、条例の定めるところにより課する地方税のほか、当該地方自治体が自主的に使途を定めることができる財産をもってその財源に充てることを基本とする。
2 国は、地方自治の本旨及び前項の趣旨に基づき、地方自治体の行うべき役務の提供が確保されるよう、法律の定めるところにより、必要な財政上の措置を講ずる。
3 第八十三条第二項の規定は、地方自治について準用する。

※ ここで財政に関する項目が追加されたことに注目してしまうが,その前に,現行憲法において「事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し」とされているのに対し,「事務を処理する権能を有し」と削られている点に注目したい。そうなのだ。どうも,この新憲法草案は,住民参加の視点が取入れられている点について評価できるのだが,団体自治の視点が相対的に後退してやしないか。また,これの裏返しで,住民自治,住民主体の推進も決して十分とはいえないのではないかとも危惧される。この草案第91条の2において,住民は自治の主体とは決して言っていないし,サービスの客体として負担を規定されているに過ぎない。

<現行>
(一の地方公共団体のみに適用される特別法)
第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。

<新憲法草案>
第九十五条 削除

※ これの意図の理解に苦しむ。「一の地方公共団体のみに適用される特別法」を,国会はバンバンつくるゾ宣言なのか。言うことを聞かない地方に対し〜,などと受け取られるような憲法条文を制定して何のメリットがあるのか。理解に苦しむ。