声に出して読みたい美しい日本語


 「金子光晴を読むとモテる」と言ったのは,高橋源一郎だし,最も美しい日本語と言ったのも,同じく高橋源一郎だ。


 夜の密生林を走る無数の流れ星。交わるヘッドライト。
 そいつは,眼なのだ。いきものたちが縦横無尽に餌食をあさる炬火,二つずつ並んで疾走る饑渇の業火なのだ。
 二つの火の距離,火皿の大小。光の射の強弱,燃える色あいなどで,山の人たちは,およそ,その正体が,なにものなのかを判断する。ゴムの嫩葉を摘みにくる■,畑の果物をねらう貍,鶏舎のまわりを終夜徘徊する山猫,人の足音を聞いて鎌首をもたげるコブラ,野豚,恐るべき豹,−−それぞれに,あるものは蛍光,あるものは黄燐,エメラルド,茶金石,等々。あやめもわかぬ深海のふかさから光り物は現われ,右に,左に,方向をそらせて倏忽と消える。近々と相寄ってきて,凝っと動こうともしないものもある。あいても,こちらの目の動きを視って,狐疑逡巡しているのであろう。そうした光と光ののっぴきならぬ対峙から,たちまち追窮にうつるもの,命をかぎりに逃げのびるもの。だが,逃げるものも追うものも,声なく,物音なく,この密林の大静謐をやぶるなにものもないのだ。


センブロン河 「夜」 マレー蘭印紀行 金子光晴


本とにキレイな日本語だ。リズムよく声を出してみたい。もちろん,黙っていたってイイ。どうせ,読むとモテるんだし。