緒形拳が風呂の手桶を贈ってくれるんだよね,毎年,ぼくのところに。あれも考えるんだね(笑)。
(風呂桶ですか……なるほどねえ。よほどいつも考えていなかったら,そういう贈り物は決して
思いつかないと思いますね……)
思いつかないよね。暮れに毎年贈ってくれる。風呂の手桶って年中使っているものだから,一年ぐらいたつとタガがはずれたり,腐ってきたり,変になってくるわけだ。それで緒形も風呂桶がいいと思うんでしょう。これなんか変わった贈り物の一例だろうね。
p.85 贈り物 「男の作法」 池波正太郎
池波正太郎のエッセイには,緒形拳がよく出てくる。それだけの役者だったことの証だ。池波にとっては可愛い存在だったことは,緒形が贈ってくる手桶をこうして編集者に伝えるくだりからも伝わってくる。
緒形拳が,ニカッと笑う姿が好きだった。緒形拳の抑制の利いたナレーションも好きだった。白髪とサングラス姿も,そういう年のとり方もあるのか,と道しるべとなってくれていたようであった。
そうした緒形拳をつくっていたのは,池波正太郎に毎年,手桶を贈る心配りをできる人間味あってこそだ。
その緒形拳が没した。そうか,もう,いないのか。
- 作者: 池波正太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1984/11/27
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