読書感想文「父のこと」吉田 健一 (著)

 洒脱な大人ふたりの父子関係である。
 大立て者の子どもなのだ。健一にとっては父・茂がポッと出てきたわけじゃない。吉田の家も大概だが、母方の牧野とは大久保利通の連なる閨閥に入るわけでこの運命から逃れようはない。当然、自分の立ち位置は周囲の様子から自覚はするだろうが、成長につれ社会的な父の立場を知識としても知ることにもなったわけで、その気持ちの折り合いのつけ方は想像すら難しい。
 健一は、茂を高く評価しているし、尊敬もしている。父子という距離感の難しさがある関係でありながら、好意を持っているし、健一の子どもを連れて茂宅を都度都度、訪ね祖父と孫との交流を持ったことを思うと、それほど難しい関係だったとは思えない。茂ー三女・和子間の関係の濃さは、また別だろうし、そこを物差しにすると、間違うように思う。
 清談と題した息子から父へのインタビューは貴重だ。茂自身が書き連ねる文章より、感情が乗った答えが聞こえ、価値観が明瞭に伝わる。とくに鈴木貫太郎に言われた「負けっぷり」の話しは教訓になるんだろう。
 茂の落語好きはもっと知られていいように思う。四代目・小さんを自宅に呼んだり、五代目・柳好や志ん生が好きだったようだ。日常を離れ話芸の世界に浸るのが良かったのだろう。