読書感想文「実験の民主主義-トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ」宇野 重規 (著), 若林 恵 (その他)

 なぜ、ゴッホは郵便配達夫を描いたか。
 仲良くしてくれたから。まぁ、そりゃそうだ。だが、近代における「郵便」という社会システムが持つ意味がある。郵便「制度」と言われるように、国家が個人をつなぐ装置である。ゴッホは孤独であっても、彼と知り合いや弟などと結んでくれる存在であり、とりわけ郵便配達夫は宗教以外に個人間の紐帯として目に見えるアイコンだったわけで描かずにいらなかったのだ。
 いま、当たり前にある官庁、役所や役場は、かつては当然に存在していない。王政があり、それに対抗するかたちで議会ができたとして、行政というものは、法を執行するのだとして初めから今のかたちだったわけじゃない。結構な裁量権を持っているにも関わらず、そのイメージは21世紀も4分の1になろうとしているのに、ボンヤリとしたまま肥大化している。
 郵便制度の本質が、居住届のデータベースと集配のネットワークであることを思えば、デジタル化が進む現在、官庁、役所や役場といった行政の本質もデータベースとネットワークであることが顕著になるだろう。そのとき、公務員とは、官庁や役所、役場に雇用される立場かといえば、大企業の従業員がゼネラリストを抱え、その官僚的な巨大組織からサービスを提供していることを思えば、サービスの提供主体が官庁や役所、役場そのものである必要はない。
 宇野重規には、マイケル・ルイス「最悪の予感:パンデミックとの戦い」で描かれるアメリカCDCの保健・公衆衛生行政について感想を聞いてみたいし、フランスでのストライキによる「抵抗」についても話しをきいてみたい。
 ジャニーズや歌舞伎、宝塚などファンダムの弊害が表面化したことについての言及は間に合わなかったことは残念であった。