読書感想文「麒麟児」冲方 丁 (著)

 勝海舟である。西郷隆盛坂本龍馬横井小楠徳川慶喜ら「主役」に対するセットものとして取り扱われる海舟の内面が全編を覆う。あまりにも大きな存在の幕府を結局,能ある「人物」である海舟がしようが無く背負わされてしまう。しかも意を尽くす相手が大西郷。互いが互いの立場を尊重し,そして,相手に通じる理屈を繰り,人倫に適う決着を都度,つけていく。タフ・ネゴシエーターであるが,やり切れなさであり,やるせなさである。何でこんなことになっちまったんだ!である。でも,答えは簡単,幕府という組織が制度疲労を起こし,人物がいなくなってしまったからだ。読み手にとっての救いは,海舟の物言いの痛快さ,江戸弁の気っぷの良さだ。それが心地いい。まるで落語の登場人物だ。時代の転換「点」で翻弄された存在であるが,それも運と能力ゆえでもある。
 作中に登場する相棒の山岡(鉄舟)が禅で学んだ呼吸法が印象的であった。実は,読後,私も試すようになった。


麒麟児

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