司馬遼「国盗り物語」より。「国家有事のとき,無能と旧弊と安逸主義こそ悪だ」。


 戦国時代。下克上の世である。日護上人とは,斎藤道三の「学友」。修業時代をともにした仲。その日護上人が進退窮まった道三に対してのやり取り。

「われわれの宗祖は,日蓮様だ。元寇のとき国難来るを予言してはげしく時の政府を糾弾なされ,そのため斬られようとさえなされた」
 と上人は言う。
鎌倉幕府は居眠っていた。たまたま執権時宗のごとき英傑がいたればこそ元寇をふせぎえたが,居なければ日蓮様は自ら兵杖をとって幕府を攻め取られたかもしれない。国家有事のとき,無能と旧弊と安逸主義こそ悪だ」
「おどろいたな」
「長井藤左衛門は」
 と,日護上人はつづける。
「わるい男ではない。しかし藤左衛門のにぎっている組織こそ,腐りきった美濃の旧弊組織というものだ。藤左衛門はその代表であり,それを斃さなければ美濃は近江や尾張のようにあたらしくならぬ」


p.121〜122 「国盗り物語」第二巻 司馬遼太郎


当時の美濃の守護をトップとする組織が,旧態依然の世を続けようとする。そこに頭脳明晰の変革者・道三が,肥大した自意識と実行力で国の有り様を替えてしまう。マムシと言われるようになる道三。果たして悪か。領民には,圧倒的に支持されたと言う。彼らにとっては善なる存在なのであろうし,国が変わらなければいけない状況下,まさに,「無能と旧弊と安逸主義こそ悪だ」ろう。
 さて,現在。アフター3・11って,どう考えても「国家有事」なわけだよね。



国盗り物語〈2〉斎藤道三〈後編〉 (新潮文庫)

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