読書感想文「一橋桐子(76)の犯罪日記」原田ひ香 (著)

 主人公・桐子その人がやけにくっきりと浮かび上がる。目の前にいるようだ。これまでの人生での社会経験を経た上品な佇まい。八千草薫か。
 原田ひ香は,またしても,社会の矛盾,デタラメ,不公平を描く。そしてそれらが絡み合う不幸を。歳を取るーそれは,体が衰える,頭脳の明晰さが陰る,つまり,にぶる。それだけか。違う。心がすり減る,摩滅する。折れる。失うのだ,あれやこれやを。その正体とは,生きていく炎,意欲というべきか。
 犯罪は転がっている。悪人は,素人や堅気をいつもカモにしようと,すぐ隣にいる。もともと,世間様やお天道様が空気を澱ませず,日を照らしていたなら,犯罪や悪は近寄って来られなかったものが,世間が閉じ,歪み,市民社会の健全な明るさが陰る今,カビが腐敗が生じる。健康な時間がこぼれ落ちるのが老いである。暗い気持ちはどうしたって抱えるのだ。
 まるで,くすみの無い心を持つような主人公・桐子の冒険譚のような話でもある。
 待てよ,キリコとは,手塚治虫の医療漫画「ブラック・ジャック」の旧縁のあの「死に神の化身」ことドクター・キリコか。


一橋桐子(76)の犯罪日記

一橋桐子(76)の犯罪日記