ゆれる社会保険事務所の立ち位置と国家公務員10万人削減


 国の経済財政諮問会議のいわゆる民間議員が,国家公務員の3割以上に相当する約10万人を縮減できるとした試算「国の出先機関の大胆な見直し」を示した。これに関連してpotato_gnocchiさんがブログで社会保険事務所について,次のとおり,書いている。

浅学な私が聞き知っている範囲では、社会保険庁のガバナンスが利いていなかった理由は多々あれど、その中でも組織的な問題として、地方の社会保険事務所は、地方公務員と国家公務員のあいのこのような位置づけで、中央の統制に必ずしも従わないと言うか、むしろ人事面で影響の強い地元のほうばかり向いて、内部統制どころではなかったことが大きな問題だったというお話でした。


社会保険庁のガバナンス不全と経済財政諮問会議


 なるほど,統制の観点からそのようにも見えていたのか,と思う。ただ,これは,下のとおり引用する経過を押さえておく必要があるだろう。もともと国の出先であった都道府県におかれた国の地方官が,戦後も機関委任事務の執行業務を担ってきたのが,地方自治法の大改正に伴い,国の直接執行事務とされたことで,現在のカタチとなったわけだ。この「地方公務員と国家公務員のあいのこ」は,「地方事務官」の身分として現在の厚生労働行政所管の法律の執行を巡る国と地方の関係が整理されぬままにいた当時のことを指す。
 そうすると,この経済財政諮問会議のいわゆる民間議員の方々が示した国の地方支分部局を縮減,地方自治体に移すに当たり,それぞれ国が担っている仕事を,地方自治法における自治事務法定受託事務とに整理しなくてはならないし,分権を進める観点からいえば,当然,10万人削減に伴って地方自治体に移る仕事は自治事務でなくてはならない。
 つまり,人数の話しだけではなく,国の関与をなくしてカタチで地方に権限と仕事を移すのでなければ,分権型社会のデザインが進まないし,実際にこの提案では,「地方分権改革推進委員会におかれては、これを一案として、国の出先機関の抜本改革を検討し、提案していただきたい」と注文になっている。


 読者のなかには「地方事務官」という呼び名をどこかで聞かれたことがあるかもしれない。戦後当初の自治法の附則(八項)で,政令で書く一定事務に携わる「都道府県の職員は……当分の間,なお,これを官吏とする」とされたのだが,これは国の総合地方出先だった都道府県庁に大ぜいいた国の官吏(地方官)を,戦後の経過措置として一部残存させるというものだった。その結果,何十年と残されていた「地方事務官」は,いわゆる陸運・職安・社会保険の三分野で都道府県の勤務した二万人余の国家公務員なのであった(大半が社会保険職員)。その職務は国の機関委任事務で身分も国の公務員となると,府県自治体の機関に勤務することの変則さが目立ったので,廃止問題が早くから生じていた。
 ところが,地方公務員への身分換えを唱える府県・自治労サイドに抗して,運輸・労働・厚生の三省は,府県庁出先の事務所を国の「地方支分部局」に改組することを含めて職員身分を各省事務官とするという別案を,強く主張した。そして一九八三(昭58)年のいわゆる第二臨調答申において,三省の主張を認める勧告がなされたので,翌年の法改正で,自動車登録等に関わる陸運行政は地方運輸局に改組吸収されるところとなった。
 それに対して,雇用保険など労働省関係の職業安定行政と,社会保険事務所と府県本庁内における健康保険・年金行政とに関しては,法改正が用意でないままに地方分権改革を迎えたのだった。そして九八年の分権推進計画・閣議決定において,両省事務官とする行政組織改組案が採択されるにいたった(九七年の分権推進委三次勧告に基づく)。
 そこで今次の法改正によって,社会保険事務所が厚生省の地方支分部局化することもさりながら,かねて都道府県知事の機関委任事務だった雇用保険・職業安定および健康保険・年金の行政が全国一帯性の必要性から「国の直接執行事務」に改められる点に,注目する必要がある(国民年金行政は一部,市区町村の法定受託事務とされたが)。その限りでは地方分権に逆行するからである(そこで整備法案の修正一七九〜一八〇条により,改組後七年間は府県職員団体の構成員・役員たりうる特例が定められ,同二五二条には将来再検討の余地も書かれたのだった)。
 しかしながらこの「地方事務官」廃止問題は,それ自体積年の経緯を背負い,この機に府県自治体にとっての大変則を解消したことを評価する立場が有りえよう。
 筆者が今後に期待したと思うのは,厚生省の地方支分部局化された社会保険事務所における医療保険・年金行政が,その地域住民生活にとっての根幹的なだいじさからして,実質上関連する府県自治行政との連けいを強く意識して行われてほしい,その際に社会保険職員が長年「地方事務官」として府県庁内にいた歴史的体験が生かされてほしい,ということである。


p.177〜179 「新 地方自治法」1999年9月20日第1刷 兼子仁著

新地方自治法 (岩波新書)

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