ミュンヘンの科学博物館を見学したことがある。博物館は壮大なもので,ドイツ科学の粋が納められていたが,私はその入口で,大きな石の円盤があるのに目を止めた。
それは直径三メートルの円盤であるから,その円周は,九・四二メートルはあるわけだが,その中のわずか五センチメートル程度の弧に囲まれた扇形の部分に色が塗られて,そに次のような説明が加えられていた。
「この大きな円は,宇宙に残された未知の分野である。そして我々は二十世紀の今日に至るまでに,その中のこの部分を発見した」
私はこれを見るなり大きな衝撃を受けた。
(略)
「モノは考えようだ。オレのためにこれだけ未知の世界が残されていると思えば,かえってファイトが湧くじゃないか」
これは,決して私の負け惜しみではない本当の実感だった。
p.210〜211 「得手に帆をあげて」 本田宗一郎
21世紀となったが,この円盤は変わらず展示されているのだろうか。こうしたパイオニア精神を喚起する装置が,もっと我々の身近にあるべきだろう。
かつて我々の国に憎まれ役の本田宗一郎がいたことと,いま我々が垂涎のまなざしでスティーブ・ジョブズを見てしまうことを思う。需要をつくり出すことを考えつづけている二人じゃないか,と。
- 作者: 本田宗一郎
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 1985/09
- メディア: 文庫
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