読書感想文「星新一の思想 ――予見・冷笑・賢慮のひと」浅羽 通明 (著)

 労作である。星新一星新一を成さしめているのは何か?を誠実に著述した一冊だ。
 完全に空調の効いた室内のような,プラスチックや人工大理石で床や壁で出来上がったツルツルとした空間。そして,吐息や体臭の無い登場人物たちの星新一ワールドとは?を問う。
 中学生にとって,なぜ,あんなにも星新一の空間にとって居心地が良かったのか。ベタベタしない人間関係が成長過程の煩わしさから距離をとってくれる言語空間がマッチするからだろう。とりわけ共感性羞恥にまみれた者にとって,感情移入して戻れなくなるような小説世界ではなく,そのシチュエーションを俯瞰できる星新一ワールドは安心できる。
 星新一を一冊,読み終え,こんな誰も考えたこともないようなワクワクする世界を見せてくれる著者は?と著者の写真を見れば,オールバックの白髪のオジさんだった。特に強烈な印象を残さない姿と作品とのギャップが逆に印象的だったのを思い出している。
 やがて,時代の波に揉まれ,多くが古典として生きながらえるであろう一連の作品群が,どう受け継がれていくのか。その景色を眺め続けたい。