司馬遼太郎「風邪は結局,ひかないようにする」


 職場のスタッフの風邪がなかなか治らない。
 もともとノドが弱いとのことだが,なかなか手強いようだ。もっとも,この4月から新たな職場での仕事でストレスも多いことだろうし,まして,上司がこの私だ,気苦労が絶えぬのだろう。申し訳ない。ただ,なかなか陽気が続かないし,自転車通勤なので冷えるのだろうな,とも思う。
 私は,昨年,約2年かかって,副鼻腔炎を治した。一般的に知られる「蓄膿」ってやつだ。最初は,手強いタイプの風邪だと思っていた。その症状の悪化の度合いが,熱もほとんどないくせに強烈な頭痛と額から目の裏側にかけてのモヤモヤ感,鼻づまり,耳詰まりなどがひどく,近所の内科から繁盛している耳鼻咽喉科へと訪ねてみたところ,


「1週間以上も症状が続くようなのは,風邪ではありませんから」


しかも,


「風邪なんてのは,普通3〜4日で何にもしなくても治るものなんです」


そっかー。で,診断の結果が副鼻腔炎。両方の鼻の穴から極細のホースを突っ込み服鼻腔に溜まった膿(なのか?)を吸い出す。これが辛い。呼吸は,口ですればいいだけなのだが,本来,自然に吸ったり吐いたりするところが,強制吸引の対象になると,涙が流れ出すし,オエッとなる。大人なので,我慢もしているが,混み合っている待合室で聞こえてくるのは,幼児の


「もぅ,ヤメテーーーーー!!」


の泣き叫ぶ声だ。あの,オジさん,これからなんだけど…。ところが,さ,ホースが鼻から出ると楽になるのよ。スッキリ。基本的にこれで,最悪の状態から脱出。子どもも大人も何事も無かったようにケロリ。
 この副鼻腔炎は,風邪の後に必ずつきまとわれた。最後の頃は,あ〜ぁ,風邪がほぽ治ってきたけど,ここからの症状は副鼻腔炎だぞ,と自覚もできるまでとなった。副鼻腔炎の症状がひどくなりだすと,仕事も手につかなくなるので風邪をひかぬよう要注意だった。
 私の風邪のパターンは,ノド→肩こり→頭痛→発熱。だから,ノドが怖かったし,いまも怖い。

 幕末,幕府のまねきで,オランダから海軍を教える派遣団が来た。
 団長は,ファン・カッテンディーケという海軍士官で,かれの滞日記録によると,日本の気候は風邪をひきやすいという。原因は気温の激変で
(略)
私は実がつまされる重いがした。私どもはどうやら風邪をひきやすい国に生まれついているらしいのである。
「いちばん留意せねばならないのは,日本では薄着は禁物だということだ」
 と,ポンペとカッテンディーケは結論を出す。
 そんな平凡なことが分かったのは,私の場合,四十をすぎてからである。


司馬遼太郎 「風塵抄」p.85〜86 「風邪ひき論」


ボンペとは,オランダの海軍軍医。のちに長崎で日本で最初の医学教育を行うポンペ先生。司馬遼は,ポンペと日本人との関わりに親しみと好印象を持っていて,「この国のかたち」などでもポンペの話題が何度か,登場する。
 風邪の話しに戻す。司馬遼は,風邪に対して,結局,

 つまりは,ふせぐしかない。冷房の悪強い場所で長居はするな,せねばならぬ場合は上衣をもってゆき,また夏場に新幹線にのるときは,万一にそなえてレイン・コートを用意せよ,と自分に命じた。家にいるときも,気温が低くなるたびにこまめに衣類で調節するようにした。


司馬遼太郎 「風塵抄」p.85 「風邪ひき論」


と,温かくしなさい,ということなのだ。いや,冷やすな,ということか。

タフなはずの映画の西部劇の荒くれ男たちも,野を吹く風でノドを痛めないように,もめんのハンカチ大のものを頸に巻きつけている。
「あれはバンダナというものです」
 むかし,映画通が教えてくれた。


司馬遼太郎 「風塵抄」p.86 「風邪ひき論」


司馬遼は,バンダナを知る。そして,

これはまことに結構なものである。
 ノドがかすかに痛いときなど,これを巻いて寝ると,翌朝必ずすっきりしている。おそらく頸を汗ぱませることで血液の循環がよくなり,ノドの軽い腫れ程度ならなおってしまうのかと思われたりするだが,いずれにせよ,わたしにとっての西部劇の薬効の一つである。
 あとは,これは効果のあるなしはべつとして,小学校でおそわったように毎日うがいをする。


司馬遼太郎 「風塵抄」p.86 「風邪ひき論」


この結果,司馬遼は,

 おかげで,ここ十数年,風邪をひかないという奇跡の独走がつづいている。


司馬遼太郎 「風塵抄」p.86 「風邪ひき論」


 禁冷やし療法,恐るべし。いや,バンダナ療法と呼ぼうか。
 実は私もここ1年は,寝込む風邪はひいていない。いや,副鼻腔炎を除けば,風邪そのもので寝込むようなこともここ2〜3年は無い。酷暑の頃を除いては温かくすることを心がけている。

 みなさんもバンダナはいかがか。
 さぁ,温かくして寝よう。


風塵抄 (中公文庫)

風塵抄 (中公文庫)