社長にも,校長先生にも,警察官にも,あたり前の日常があると思えば怖くない。


 今日は校長先生が多数出席する会議に出席。つい,発言してしまう。
 仕事やご縁で,いろんな場面に出かけ,社長や校長先生,教授,団体のトップなどとお話しさせていただく機会がある。常にプレッシャーだ。だが,次の坂本竜馬のセリフを思い出すことにしている。

 竜馬の自由さは,天成のところがあったのでしょう。このために,自分なりの規範を,自分でつくっていたところがありました。
 −−ひとに会うとき,もし臆するならば,その相手が夫人とふざけるさまは如何ならんと思え。たいていの相手は論ずるに足らぬように見えるものなり。


p.245 人間の魅力 「この国のかたち 5」司馬遼太郎


 竜馬,テラエロすwww。もとい。司馬遼は「手製だから品がいいとはいえません」と言っているが,こうした役職を相対化してしまう技を持っていることは大事なことだ。私たちの頭の中にある役職のイメージでその人を規定してしまう。しかし,役職者も人であって,その役職を担っていることが全人格ではない。竜馬のいうとおり,飯をこぼせば,くしゃみもするし,屁もするし,まぐわう。
 案外,僕らの社会は,役職名の勝手なイメージで責任や義務を負わしていることが多いのではないか。「〜なのに」「〜のくせに」って。それを壊してしまえば話しができる。竜馬のようなでかい仕事も夢じゃないかもネ。


この国のかたち〈5〉 (文春文庫)

この国のかたち〈5〉 (文春文庫)