落語には「傾城の花魁」というのが,出てくる。大名,長者が通い詰めても,ご機嫌を取り,金品を「城が傾く」ほど貢がせるような上物をいう。
この小説,いうなら「傾城の料理人」。察しのいい人ならオチまでわかってしまったろう。まあ,そんな話しだ。料理の旨さで周囲をぐいぐいと引き込んでいく様子は,読んでいて小気味良いが,中盤以降はやや無理矢理,オチに持っていくためのかったるい描写が続くし,オチもなんとなく予想がついてしまう。
クレッシングの『料理人』は悪魔的ともいえる才能を備えたコックの作る料理によって周囲の人間が「骨抜き」になっていくという物語
p.54 「BRUTUS」 2012 1/1・15
としては,十分に成立しているわけで,読んでみて損はないだろう。
ところで,この小説に,
「(略)わたし自身今までいくども主人役をやったことがあるのでよくわかりますが……」(略)「……いろいろとむずかしい問題にぶつかられたことでしょう……物ごとはなかなか計画通りにはいかないもので(略)」
p.222 「料理人」 ハリー・クレッシング
と,もてなされた客が,その席のホスト側にたいして労いの言葉をかけるシーンがある。
食とは,つい,その材料,調理法,出来映え,味など,結果として生々しい「欲望」の対象やグロテスクなまでの食欲などとして表出しがちなのであるが,主客が対峙する空間を生み出す文化であったり,それの背景となる風土であったり,することへの着目が,最近,とみに減ってはいないだろうか。巧けりゃ,何でもいいのか。量がありゃ,値段が安けりゃ,それでいいのか。
ガチャガチャとした飯は食いたくないんだよ,と言いたくなってきた。こんなことを言わせたくなる一冊と言えば,いいか。
- 作者: ハリー・クレッシング,一ノ瀬直二
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1972/02/01
- メディア: 文庫
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