読書感想文「絵ことば又兵衛」谷津矢車 (著)

 吃る絵師の一代記である。
 又兵衛は常に忸怩たる思いの中にいる。絵は絵では通用しないのだ。売り言葉に買い言葉である。絵の解釈,由緒,謂れのセールストークで,絵の価値を伝え,納得させることが必要である。そのことで絵を商品として流通させる。扇や衣服,乗り物などの道具性のある商品はその機能とともに美術的価値をして,価格となる。純粋な美術品は違う。その美術品として意味や文脈を目利き,いやキュレーターこと道化師が必要とされる。そして,アーティスト自らも山師よろしく価値づける。
 又兵衛は絵師の才を見出されたものの,言葉が滑らかに出せない。筆は動かせても,その絵の魅力を伝えられない。天運が又兵衛を見出したようでいて,一族の謎解きのような人生が種明かしされる。
 言葉にならないことの辛さ。そもそも,認められたのは実力なのか。言葉は便利であるが,言葉が全てでは無い。気持ちはそこにあり,そのグズグズささえも掬い取るように思いを馳せてあげることが大事では無いか。
 言葉の世界は豊穣である。だが,もどかしいアナザーサイドの存在を教えてくれるような一冊である。


絵ことば又兵衛

絵ことば又兵衛