ヒトの臭いがただよい、苦味が広がる。苦労が生む人間の滋味とはそういうものだろう。若き清張にとって、生きるため、ただただ精一杯だっただけかもしれない。それでも、よくぞ耐えましたね、と声をかけたい。本という相棒がそばにあったから故かもしれないが。
コツコツと作品を投稿し、大きな運を掴んだ。文学と向き合ったからだ。耐えに耐えて、圧倒的な才能を発揮して掴んだ。本人は自分の才能を信じていただろうが、才能に自分を委ねることは逡巡したはずだ。
大成功のあとの「社会派」としての活躍は、本人がついにやりたいことをやれるようになった証しだろう。やりたいことをノッてやるから面白いものができる。本領発揮だったろうし、自由にやれた仕事だったろう。
清張の存在とは、大戦を挟んで下層の暮らしの中にいただけでなく、兵隊に召集され、戦後に英語を学んだりと、庶民・大衆としての戦前・戦中・戦後を体現している。まさに「松本清張の昭和」であり、昭和という時代の鬱屈さと妙な明るさ前向きさとも言える。
耐えたが故に、堂々と成り上がりをやってみせた、そう言えなくもない。
