姉に泣かれた


 私には,姉と呼ぶ人がいる。
 姉にはずっと心配をかけ通しだ。二十代の半ば,連日,上司と衝突しフロアでも有名になるほど戦闘に明け暮れていた頃,姉に「仕事を辞めたい」とこぼした。姉は本気になってあちこちへ相談をしてくれていた。「辞めると言っている。話を聞いてやってほしい」と,伝えていてくれた。結果,本当に温かい人たちに恵まれ,跳ねっ返りの若造の世界が広がることとなったし,私は仕事を辞めずに今日に至っている。姉の奔走が無ければ,今の私が置かれている環境に私は無く,全く異なる時間を過ごしているに違いない。もしかすると,ここにエントリーを書き連ねることもしていないだろう。
 今日,姉に泣かれてしまった。罵ったであるとか,喧嘩をしたとかではない。私がまた,心配をかけるようなことを言い,心配のあまり,彼女の目に溜まるものがあったのだ。姉は聞いてくれていた。話す私の口調は,テンポが上がったり,逆に言葉に詰まったりしながらであった。姉は「誠実に話してくれて,ありがとう」と言った。感謝は,こっちの方だ。話とは,聞いてしまった方が重くなることが多い。涙浮かべるまで心痛めて聞いてくれたのだ。
 こうやって,心配をかけるほどに見守られていることに,ただただ,感謝する。だって,感謝するしかないじゃないか。