孤独の肯定


 「孤独の皇帝」じゃないよ。もう,「ことえり」のバカ。14歳じゃない,オッサンがハッと気づかされましたよ。

自分の孤独に耐えられない人が,その孤独に耐えられないために求めるような友だちは,やっぱり本当の友情じゃないんだ。本当の友情というのは,自分の孤独に耐えられる者同士の間でなければ,生まれるものでは決してないんだ。なぜだと思う?


p.100 〜15 友情と愛情〜 「14歳からの哲学」池田晶子


「なぜだと思う?」。はい,池田先生から問題が出ましたよ。お互いのへこみを補うような関係は友情ないんですね,先生。そのとおり。共依存か,それは…。じゃあ,先生からお答えを。

 自分の孤独に耐えられるということは,自分で自分を認めることができる,自分を愛することができるということだからだ。(略)そして,自分を愛することができない人に,どうして他人を愛することができるだろう。一見それは他人を愛しているように見えても,じつは自分を愛してくれる他人を求めているだけで,その人そのものを愛しているわけでは本当はない。愛してくれるなら愛してあげるなんて計算が,愛であるわけがないとわかるね。


p.100 〜15 友情と愛情〜 「14歳からの哲学」池田晶子


「わかるね」。わかろうね。イヤかもしれないけど,わかろうね。自分を認めていない,誰からも認めてくれていない自分なんて認めない。そんな自分を認めていない,自分を愛していない,だから…。と考えちゃダメなんだ。

自分を愛する,つまり自分で自分を味わう仕方を覚えると,その面白さは,つまらない友だちといることなんかより,はるかに面白い。人生の大事なことについて,心ゆくまで考えることができるからだ。
 考えるというのは,ある意味で,自分との対話,ひたすら自分と語り合うことだ。だから,孤独というのは,決して空虚なものではなくて,とても豊かなものなんだ。もしこのことに気がついたなら,君は,つまらない友だちとすごす時間が,人生においていかに空虚で無駄な時間か,わかるようになるはずだ。ただ友だちがほしいって外へ探しに行く前に,まず一人で座って,静かに自分を見つめてごらん。


p.100〜101 〜15 友情と愛情〜 「14歳からの哲学」池田晶子

 

一人で座ります。静かにしますね。で,自分を見つめる。ほらね「あー,孤独」。一点に収束してまいそうな虚無感に襲われる?二の腕や太股のあたりの体の外側が崩れていきそうな感じになる?そうだねー,一人だねー。そういう自分を見つめるんだね。自分自身がそれに浸っちゃいけないよ孤独な自分を見つめるんだね。
 んで,愛することってどうしたらいいもんか,というとサ。先生は,

愛情というのは無条件であるものなんだ。


p.102 〜15 友情と愛情〜 「14歳からの哲学」池田晶子

 

という。ふむ。これは繰り返すといいね。「愛情というのは無条件」「愛情というのは無条件」「愛情というのは無条件」。

「無私の愛」,つまり,私にとってこんなふうに得で,こんなふうに損だという計算が一切ない愛,相手を丸ごと認めて受入れることができるのは,そこに「自分」がないからだ。


p.102 〜15 友情と愛情〜 「14歳からの哲学」池田晶子


「無視の愛」,いや,「無私の愛」ね。「ことえり」のバカ。さあ,そんな相手にとっての自分とは,

もしその人が本当に自分を愛しているのなら,他人に自分を愛させようとすることはないはずだ。そんなことをしなくても,自分で自分を愛しているからだ。


p.102〜103 〜15 友情と愛情〜 「14歳からの哲学」池田晶子


他人を丸ごと受け容れる。それは自分を愛している自分のために,孤独の自分であるためにというわけだ。そんな自分にとって,嫌いな人,イヤな人,見も知らない人々を愛さなくちゃいけないのか,このことを先生はこう言う。

世の中には自分の嫌いな人,イヤな人がいる。でも,そういう人を嫌いだ,イヤだと思うその気持ちは,は,まさしくイヤなものじゃないか。自分にとってイヤなものじゃないか。自分にとってイヤなことはしないのが,自分を愛するということだ。自分を愛する人は,自分を愛するからこそ,他人を嫌うということをしないんだ。そうじゃないか?
 嫌いな人,イヤな人は,ああ,そういう人なんだな,丸ごと認めて受け容れてあげるんだね。むろん大変なことだよ。でも,それが自分のためなんだ。それができなければ,君が自分を本当に愛することはできない。自分を愛していない人生を生きるというのは,とても苦しいものだ。だって,嫌いな人からは離れればいいけど,誰が自分から離れることができるだろう。嫌いな自分と四六時中一緒にいるなんてことが,苦しくないわけがないじゃないか。


p.103〜104 〜15 友情と愛情〜 「14歳からの哲学」池田晶子


「イヤなヤツだな」と思うことの嫌さと向き合うために,「丸ごと認めて受け容れ」る。そうすることで,愛せる自分でいられる。それは嫌いな自分ではなくなるということだ。だからこそ,孤独でいられるということだ。
 自分を愛せ。自分を愛するために他人を丸ごと受入れろ。そして孤独を愛せ。


14歳からの哲学 考えるための教科書

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