中島岳志が「承認されたい個、全体へと融解」と題して,7月18日の朝日新聞で書いた書評,
傑作だ。
ファストフード店で隣の男の携帯電話を手に入れた俺(おれ)は、出来心でその本人になりすまし、持ち主の母親に振り込め詐欺を行う。しかし、その母親は俺を本当の息子と思い込み、次第に俺は「その男」になっていく。この現象が徐々に拡大し、俺が果てしなく増殖する物語。
を読み,どれどれ,と興味がわいたので図書館から借り出してみた。
確かに,主人公が,電話だけではなく,面と向かっても「その母親は俺を本当の息子と思い込」まれてしまう様子には,自分が自分であることの立証は,自分にとってどれほど可能なことだろうか,と考えさせられてしまう。ただ,このシーンからして,ファンタジーめいている。「その母親」が,主人公宅に押し掛けて来ての面会なのだ。どうやって?このあたりをきっちりと練り上げてくれれば,その後の物語の疾走も,もっと楽しめたはずだ。
以下,ネタバレになってしまうが,
すべてが「俺山」となる社会の中で、俺は精神のバランスを崩し、東京郊外の山中に逃げ込む。そこで俺が出会った世界とは……。
結末は意外な展開に。その描写に、私は魂の底から涙を流した。
魂の底からどころか,一滴も涙なんて出やしない。都会全体が廃墟となって,山の麓の小さな集落から再生を始める…だけ。これで終わり。もう,どこぞで読んだありがちなオチ。なんだよ。何が傑作だ。
オレオレ詐欺犯が逆になりすしたはずに人物の鋳型にはめられてしまって自己喪失する,という話のとっかかりのアイディアが良かっただけに,カタストロフに持っていったしまったことが惜しい。それを孤独や無縁とからめて,もっと掘り下げられなかったのが残念だ。
- 作者: 星野智幸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/06
- メディア: 単行本
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