「お家芸」とは到底呼べないの日本サッカーのレベル


 今朝の日経ビジネスオンラインから。

岡 今年のスポーツといえば、やっぱりサッカーのワールドカップで盛り上がりましたよね。

(略)

高木 いや、戦い方は素晴らしかったし、やっぱりスポーツの定義とは感動のことだから、その感動を与えたという面でもよかった。でも、岡田監督は「目標はベスト4です」と、公に言っていたでしょう。その公約は破られているんです。それで、なぜ日本は許すのか、ということですね。


<あなたは岡田監督と駒野選手を「許し」ますか?:日経ビジネスオンライン>


 コミットメントの話しを高木豊はしている。つまり,目標を,希望と解するか,約束と解するか,である。

高木 それは、日本の考えているサッカーのレベルがそれだけ低い、ということの裏返しでもあると僕は思うんですけどね。

岡 まあ、そこはね。

高木 だって、これ、例えばWBCで野球チームが「優勝します」と公言して、ベスト4で帰ってきたら、誰も見向きもしませんよ。なぜかというと、日本野球のレベルの高さが前提としてあるから。

岡 そうだね。

高木 ですから、その辺りからして日本でサッカーというのは、まだまだだな、というように思いましたね。僕、言い過ぎですか?


<あなたは岡田監督と駒野選手を「許し」ますか?:日経ビジネスオンライン>


 まさに,そのとおりなのだ。柔道,水泳,体操,野球。きちんとコミットメントできるだけの土俵に上がっているこれらの「お家芸」の競技に比べて,コミットメントと言えず,ホープ(願望)としか口にできない日本サッカーということなのだ。
 「思ったより,よくやったじゃないか」でチャラにしてしまう。それできちんと総括も分析も反省なく,ただただムードが蔓延し,トップを変え「ご一新」。
 こういう奇異な行動をあらためないと,世界と互角の勝負にはならないんじゃないのか。サッカーだけじゃない。ビジネスとポリティクスも,だ。