今日,図書館へ本を返す前に感想をメモしておこう。もう読んだのはずいぶんと前のように思えてくるが,それでも読んでいて感じた柔らかい手応えの感触は覚えている。
この前に読んだ吉本ばなな「不倫と南米」の感想は,子どもの終わりと大人であるだけの始まり - kazgeo::10%ダイエットと書いたが,つらい記憶や感情が行き交うそっちを「黒いばなな」と呼べば,こっちは「白いばなな」だ。若さや「しあわせ」感が読んでいて嬉しい。たとえば,
この人とこういうどうでもいい話しをしていくときの,独特のくつろぎ観をなんと表現したらいいのだろうか,家族ではない,ただ,何かがしっくりときて,ずっと話し続けていられる。黙ってもいられる。ふつうの男の人といるときみたいに,化粧がはげてないだろうかとか髪の毛がはねてないかとか思いもしない。
p.33 『幽霊の家』 「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな
そうした時間や場ができること,できる相手があって,そのことの大事さを感じたり,その意味を感じたりすることの確認だ。でも,これって結構難しいことなのかもしれない。勢いやノリ,強さが幅を利かすとき,ハレとケの,ケである日常ってぞんざいに扱われがちだし,そもそも見向きもされなかったりする。90年頃だったと思うが,四畳半に間借り生活しているフェラーリ乗りが雑誌で記事になっていた。彼はどうしてる?まあ,いいか。金はしこたまあるけど主食カップラーメンという人も少なくないようだから,ますます,日々の暮らしに幸せを見いだしにくくなっているんだろうな,と思う。日本じゃ,ずっと,か。センセーショナルで,騒がしく,新しく,光りまばゆいことが,いいんだもんな。
そして私たちは羽毛布団にくるまって温かく寄り添って眠った。
「こういうふうに人とくっついて寝るのこそが,したかったことかも,鍋よりも。」
寝る前に岩倉くんはそう言った。
「帰る家があるのに,愛されているのに淋しい,それが若さというものかもね。」
と私は答えた。それなら私も身に覚えがあったからだ。
p.38 『幽霊の家』 「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな
淋しさに気づいてしまうのが怖いから何かをし続ける若さ,というのもあるかな。時間が解決するから,どっぷり淋しさに浸かるほうがイイんだろうね。だから,しっかり,たっぷり泣いてしまうのはよいことなんだろう。その意味では,泣くことに敷居の低いのは羨ましかったりする。
私は羽毛布団の心地よさにすっぽりとくるまれ,自分の体温に酔うようなうっとりとした気持ちで,今日もまるで雪が降りそうなグレーの空を見つめながら,またうとうとしてしまった。
p.39 『幽霊の家』 「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな
ガキの頃,見あげる空は覆いかぶさってくるように重く,暗く,手で触れられるような高さの鉛色だった。そんな空が嫌だった。10代後半,気がつけば作り物のような青さの夏の空は,どうにもしっくりこなくて嘘臭い感じがした。グレーの空は,グレーの空でいい。グレーの空であることを受入れられることのほうが大事なんだ。空がどうであろうと,それを素直に受け止める自分であることのほうが。
大人にならなければ,きっと,ああいう意味のない時間……こたつで親しい誰かとむきあって,少し退屈な気持ちになりながらもどちらも意見に固執してとげとげすることはなく,たまに相手の言うことに感心しながらえんえんとしゃべったり黙ったりしていられるということが,セックスしたり大喧嘩して熱く仲直りしたりすることよりもずっと貴重だということに,あんなふうに間をおいて,衝撃的に気づくことは決してなかっただろう。
後者が大事だと感じること,それこそが今思えば,若さっていう感じがした。だからお互いの貴重さがわからなかったのだろうし,どこかでわかっていたからこそ,後できづいたのだろう。
p.60 『幽霊の家』 「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな
「大人になった」と自覚して主人公が語る。こうして大人として「わかる」幸せの時間というものは,ただ年をとっただけで大人として扱われているだけの人たちにその存在が伝わっているだろうか。いや,いないよね。
西山くんのなめらかな体の線や,なんとなく人をくつろがせて楽しくさせるその特別な力は,彼が自由であろうとしていることから発しているんだな,と私は思った。
今ならわかる。最低の設定の中で,その時私は最高の幸せの中にいたんだということが。
あの日の,あの時間を箱につめて,一生の宝物にできるくらいに。その時の設定や状況とは全く関係なく,無慈悲なくらいに無関係に,幸せというものは急に訪れる。どんな状況にあろうと,誰といようと。
ただ,予測することだけが,できないのだ。
自分で思うままに作り出すことだけができない。次の瞬間には来るかもしれないし,ずっと待ってもだめかもしれない。まるで波やお天気のかげんのように,誰にもそれはわからない。奇跡は誰にでも平等に,いつでも待っている。
私はそのことだけを,知らなかったのだ。
p.178 『デッドエンドの思い出』 「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな
ただ,その幸せは,ふと,そこにあったりするし,なにかの弾みで転がってたりするわけだ。そんなことに気づかせてくれる「白いばなな」の酸っぱい5つの短編集だ。
あなたに幸せが訪れますように。こんなつまらない感想文を読んだあなたにさえも。
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