読書感想文「黄金比の縁」石田 夏穂 (著)

 過去の「傷」に捉われたままの会社員の物語だ。本当は活躍できたいたはずなのだ、との思いで現実を受け入れられないでいる。世の中の理不尽を、急な雨と同様の不運と見ることができないので、ただただ納得がいかず怒りに捉われたままの人生を送っている。果たしてそれでいいのかね。配属とは牢獄に閉じ込められるのとは違うのだけどな。逃げてもいいのだが。
 詰まる所、カイシャ小説であり、ソシキ小説だ。法人組織、とりわけ営利会社は明確な目的を持って設立される。だが、組織にはその組織を「組織たらしめることを目的」とする部署部門がある。総務である。総務が存在するのは、その会社に主たる事業部門があり、それに対しその他のことを専担的に担う部署が必要になるからなのだが、いつしか、総務が会社の中核ないし主体のように振る舞う。それは会社の手続きや人を握っているからだ。もちろん、この主人公のように大抵の会社員の入社動機の建前は、その会社の本体であるはずの主事業に注目し、それに直接、間接に関わろうとして入社する。総務のスペシャリストや人事管理の専門家はともかく、総務を志望して入社するものはいないのだ。
 会社組織は人がつくるものだし、人と人との関係や新しいリーダーによっても変わる。だが、澱(おり)のように溜まった職場風土のどうしようも無さを変えようと人事異動などが行われたりするわけだが、そうした改善努力も決して万能薬ではない。
 流動化が進み、働き方も変わる世の中にあって、動かない者、動けない者に容赦なくカイシャのダメさのツケが回ってくる時代ということなのかも知れない。読後、「うわぁ」と声が出た。組織人の一人として、嫌なものを踏んづけたような気がしたのだ。
 案外、「主体的に生きろ!」が、この小説の隠れたテーマだったりする。