読書感想文「陰陽師 烏天狗ノ巻」夢枕 獏 (著)

 いつもながらの痛快・呪ファンタジーである。
 なぜ、晴明は結果として人助けをするのか。頼まれごと、巡り合わせに仕方なく応じただけのことであり、本来、ゆるりゆるりと博雅と酒を呑んでいるだけなのだ。決して、自ら望んで火中の栗を拾に出かけいるわけではなく、また、何かしらのことを発意して仕掛けたり、求めたりしているわけでもない。身の回りのことに日々、ゆらりと過ごしているだけのことである。
 陰陽師という地位と立場とは、その能力でもって心平らにする安心装置である。日々、その存在で安心を発生させようしている。それに比べ、大抵の人はつい調子に乗って何かに熱心に働きかけたりして、モノゴトを実現させようとする。もちろん、悪いことではない。だが、求め、焦がれ、憧れ、欲することで迷い、見失う。そうであれば、自分に注力し、よそのことは諦め、手放し、委ね、任せ、割り切り、捨てることだ。
 陰陽師とは、ミニマル・ライフである。